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窓际のトットちゃん totto chan cô bé bên cửa sổ

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初めての駅

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自由が丘の駅で、大井町線から降りると、ママは、トットちゃんの手を引っ張
在自由的山丘上的车站从大井町线一下来,妈妈就拉着豆豆的手去了检票口。
って、改札口を出ようとした。トットちゃんは、それまで、あまり電車に乗っ
たことがなかったから、大切に握っていた切符をあげちゃうのは、もったいないなと思っ
た。そこで、改札口のおじさんに、
「この切符、もらっちゃいけない?」
と聞いた。おじさんは「ダメだよ」というと、トットちゃんの手から、切符を
取り上げた。トットちゃんは、改札口の箱にいっぱい溜まっている切符をさし
て聞いた。「これ、全部、おじさんの?」おじさんは、他の出て行く人の切符をひったく
りながら答えた。「おじさんのじゃないよ、駅のだから」「へーえ……」トットちゃんは、
未練がましく、箱を覗き込みながら言った。「私、大人になったら、切符を売る人になろ
うと思うわ」おじさんは、はじめて、トットちゃんをチラリと見て、いった。「うちの男
の子も、駅で働きたいって、いってるから、一緒にやるといいよ」トットちゃんは、少し
離れて、おじさんを見た。おじさんは肥っていて、眼鏡をかけていて、よく見ると、やさ
しそうなところもあった。「ふん……」トットちゃんは、手を腰に当てて、観察しながら
言った。「おじさんとこの子と、一緒にやってもいいけど、考えとくわ。あたし、これか
ら新しい学校に行くんで、忙しいから」そういうと、トットちゃんは、待ってるママのと
ころに走っていった。そして、こう叫んだ。「私、切符屋さんになろうと思うんだ!」マ
マは、驚きもしないで、いった。
「でも、スパイになるって言ってたのは、どうするの?」
トットちゃんは、ママに手を取られて歩き出しながら、考えた。
(そうだわ。昨日までは、
絶対にスパイになろう、って決めてたのに。でも、いまの切符をいっぱい箱にしまってお


く人になるのも、とても、いいと思うわ)「そうだ!」トットちゃんは、いいことを思い
ついて、ママの顔をのぞきながら、大声をはりあげていった。「ねえ、本当はスパイなん
だけど、切符屋さんなのは、どう?」ママは答えなかった。本当のことを言うと、ママは
とても不安だったのだ。もし、これから行く小学校で、トットちゃんのことを、あずかっ
てくれなかったら……。小さい花のついた、フェルトの帽子をかぶっている、ママの、き
れいな顔が、少しまじめになった。そして、道を飛び跳ねながら、何かを早口でしゃべっ
てるとっとちゃんを見た。トットちゃんは、ママの心配を知らなかったから、顔があうと、
うれしそうに笑っていった。「ねえ、私、やっぱり、どっちもやめて、チンドン屋さんに
なる!!」ママは、多少、絶望的な気分で言った。「さあ、遅れるわ。校長先生が待って
らしゃるんだから。もう、おしゃべりしないで、前を向いて、歩いてちょうだい」二人の
目の前に、小さい学校の門が見えてきた。
窓際のトットちゃん 新しい学校の門をくぐる前に、トットちゃんのママが、なぜ不安な
のかを説明すると、それはトットちゃんが、小学校一年なのにかかわらず、すでに学校を
退学になったからだった。一年生で!!
つい先週のことだった。ママはトットちゃんの
担任の先生に呼ばれて、はっきり、こういわれた。 「お宅のお嬢さんがいると、クラス
中の迷惑になります。よその学校にお連れください!」 若くて美しい女の先生は、ため
息をつきながら、繰り返した。 「本当に困ってるんです!」 ママはびっくりした。
(一
体、どんなことを……。クラス中の迷惑になる、どんなことを、あの子がするんだろうか
……) 先生は、カールしたまつ毛をパチパチさせ、パーマのかかった短い内巻の毛を手
でなでながら説明に取り掛かった。 「まず、授業中に、机のフタを、百ぺんくらい、あ
けたり閉めたりするんです。そこで私が、用事がないのに、開けたり閉めたりしてはいけ
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ませんと申しますと、お宅のお嬢さんは、ノートから、筆箱、教科書、全部を机の中にし
まってしまって、一つ一つ取り出すんです。たとえば、書き取りをするとしますね。する
とお嬢さんは、まずフタを開けて、ノートを取り出した、と思うが早いか、パタン!とフ
タを閉めてしまいます。そして、すぐにまた開けて頭を中につっこんで筆箱から“ア”を
書くための鉛筆を出すと、急いで閉めて、“ア”を書きます。ところが、うまく書けなか
ったり間違えたりしますね。そうすると、フタを開けて、また頭を突っ込んで、消しゴム
をだし、閉めると、急いで消しゴムを使い、次に、すごい早さで開けて、消しゴムをしま
って、フタを閉めてしまいます。で、すぐ、また開けるので見てますと、“ア”ひとつだ
け書いて、道具をひとつひとつ、全部しまうんです。鉛筆をしまい、閉めて、また開けて
ノートをしまい……というふうに。そして、次の“イ”のときに、また、ノートから始ま
って、鉛筆、消しゴム……その度に,私の目の前で、目まぐるしく、机のフタが開いたり
閉まったり。私、目が回るんです。でも、一応、用事があるんですから、いけないとは申
せませんけど……」 先生のまつ毛が、その時を思い出したように、パチパチと早くなっ
た。 そこで聞いて、ママには、トットちゃんが、なんで、学校の机を、そんなに開けた
り閉めたりするのか、ちょっとわかった。というのは、初めて学校に行って帰ってきた日
に、トットちゃんが、ひどく興奮して、こうママに報告したことを思い出したからだった。
「ねえ、学校って、すごいの。家の机の引き出しは、こんな風に、引っ張るのだけど、学
校のはフタが上にあがるの。ゴミ箱のフタと同じなんだけど、もっとツルツルで、いろん
なものが、しまえて、とってもいいんだ!」ママには、今まで見たことのない机の前で、
トットちゃんが面白がって、開けたり閉めたりしてる様子が目に見えるようだった。そし
て、それは、(そんなに悪いことではないし、第一、だんだん馴れてくれば、そんなに開
けたり閉めたりしなくなるだろう)と考えたけど、先生には、「よく注意しますから」と
いった。ところが、先生には、それまでの調子より声をもうすこし高くして、こういった。
「それだけなら、よろしいんですけど!」ママは、すこし身がちぢむような気がした。先
生は、体を少し前にのり出すといった。「机で音を立ててないな、と思うと、今度は、授
業中、立ってるんです。ずーっと!」ママは、またびっくりしたので聞いた。「立ってる
って、どこにでございましょうか?」先生はすこし怒った風にいった。「教室の窓のとこ
ろです!」ママは、わけが分からないので、続けて質問した。「窓のところで、何をして
るんでしょうか?」先生は、半分、叫ぶような声で言った。「チンドン屋を呼び込むため
です。」 先生の話を、まとめて見ると、こういうことになるらしかった。一時間目に、机

をパタパタを、かなりやると、それ以後は、机を離れて、窓のところに立って外を見てい
る。そこで、静かにしていてくれるのなら、立っててもいい、と先生が思った矢先に、突
然、トットちゃんは、大きい声で「チンドン屋さーん!」と外に向かって叫んだ。だいた
い、この教室の窓というのが、トットちゃんにっとては幸福なことに、先生にとっては不
幸なことに、1階にあり、しかも通りは目の前だった。そして境といえば、低い、生垣が
あるだけだったから、トットちゃんは、簡単に、通りを歩いてる人と、話ができるわけだ
ったのだ。さて、通りかかったチンドン屋さんは、呼ばれたから教室の下まで来る。する
とトットちゃんは、うれしそうに、クラス中の皆に呼びかけた。
「来たわよー」。勉強して
たクラス中の子供は、全員、その声で窓のところに、詰め掛けて、口々に叫ぶ。「チンド
ン屋さーん」
。すると、トットちゃんは、チンドン屋さんに頼む。
「ねえ、ちょっとだけで、
やってみて?」学校のそばを通る時は、音をおさえめにしているチンドン屋さんも、せっ
かくの頼みだからというので盛大に始める。クラスネットや鉦や太鼓や、三味線で。その
間、先生がどうしてるか、といえば、一段落つくまで、ひとり教壇で、ジーっと待ってる
しかない。(この一曲が終わるまでの辛抱なんだから)と自分に言い聞かせながら。 さ
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て、一曲終わると、チンドン屋さんは去って行き、生徒たちは、それぞれの席に戻る。と
ころが、驚いたことに、トットちゃんは、窓のところから動かない。「どうして、まだ、
そこにいるのですか?」という先生の問いに、トットちゃんは、大真面目に答えた。「だ
って、また違うチンドン屋さんが来たら、お話しなきゃならないし。それから、さっきの
チンドン屋さんが、また、戻ってきたら、大変だからです。」 「これじゃ、授業にならな
い、ということが、おわかりでしょう?」話してるうちに、先生は、かなり感情的なって

きて、ママに言った。ママは、
(なるほど、これでは先生も、お困りだわ)と思いかけた。
とたん、先生は、また一段と大きな声で、こういった。「それに……」ママはびっくりし
ながらも、情けない思い出先生に聞いた。「まだ、あるんでございましょうか……」先生
は、すぐいった。
「“まだ”というように、数えられるくらいなら、こうやって、やめてい
ただきたい、とお願いはしません!!」それから先生は、少し息を静めて、ママの顔を見て
言った。「昨日のことですが、例によって、窓のところに立っているので、またチンドン
屋だと思って授業をしておりましたら、これが、また大きな声で、いきなり、『何してる
の?』と、誰かに、何かを聞いているんですね。相手は、私のほうから見えませんので、
誰だろう、と思っておりますと、また大きな声で、
『ねえ、何をしてるの?』って。それも、
今度は、通りにでなく、上のほうに向かって聞いてるんです。私も気になりまして、相手
の返事が聞こえるかした、と耳を澄ましてみましたが、返事がないんです。お嬢さんは、
それでも、さかんに、『ねえ、何してるの?』を続けるので、授業にもさしさわりがある
ので、窓のところに行って、お嬢さんの話しかけてる相手が誰なのか、見てみようと思い
ました。窓から顔を出して上を見ましたら、なんと、つばめが、教室の屋根の下に、巣を
作っているんです。その、つばめに聞いてるんですね。そりゃ私も、子供の気持ちが、分
からないわけじゃありませんから、つばめに聞いてることを、馬鹿げている、とは申しま
せん。授業中に、あんな声で、つばめに、
『何をしてるのか?』と聞かなくてもいいと、私
は思うんです」そして先生は、ママが、一体なんとお詫びをしよう、と口を開きかけたの
より、早く言った。「それから、こういうことも、ございました。初めての図画の時間の
ことですが、国旗を描いて御覧なさい、と私が申しましたら、他の子は、画用紙に、ちゃ
んと日の丸を描いたんですが、お宅のお嬢さんは、朝日新聞の模様のような、軍艦旗を描
き始めました。それなら、それでいい、と思ってましたら、突然、旗の周りに、ふさを、
つけ始めたんです。ふさ。よく青年団とか、そういった旗についてます。あの、ふさです。
で、それも、まあ、どこかで見たのだろうから、と思っておりました。ところが、ちょっ
と目を離したキスに、まあ、黄色のふさを、机にまで、どんどん描いちゃってるんです。
だいたい画用紙に、ほぼいっぱいに旗を描いたんですから、ふさの余裕は、もともと、あ

まりなかったんですが、それに、黄色のクレヨンで、ゴシゴシふさを描いたんですね。そ
れが、はみ出しちゃって、画用紙をどかしたら、机に、ひどい黄色のギザギザが残ってし
まって、ふいても、こすっても、とれません。まあ、幸いなことは、ギザギザが三方向だ
けだった、ってことでしょうか?」ママは、ちぢこまりながらも、急いで質問した。「三
方向っていうのは……」先生は、そろそろ疲れてきた、という様子だったが、それでも親
切にいった。「旗竿を左はじに描きましたから、旗のギザギザは、三方だけだったんでご
ざいます」ママは、少し助かった、と思って、「はあ、それで三方だけ……」といった。
すると、先生は、次に、とっても、ゆっくりの口調で、一言ずつ区切って「ただし、その
代わり、旗竿のはじが、やはり、机に、はみ出して、残っております!!」それから先生は
立ち上がると、かなり冷たい感じで、とどめをさすように言った。「それと、迷惑してい
るのは、私だけではございません。隣の一年生の受け持ちの先生もお困りのことが、ある
そうですから……」ママは、決心しないわけには、いかなかった。(確かに、これじゃ、
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他の生徒さんに、ご迷惑すぎる。どこか、他の学校を探して、移したほうが、よさそうだ。
何とか、あの子の性格がわかっていただけて、皆と一緒にやっていくことを教えてくださ
るような学校に……)そうして、ママが、あっちこっち、かけずりまわって見つけたのが、
これから行こうとしている学校、というわけだったのだ。ママは、この退学のことを、ト
ットちゃんに話していなかった。話しても、何がいけなかったのか、わからないだろうし、
また、そんなにことで、トットちゃんが、コンプレックスを持つのも、よくないと思った
から、(いつか、大きくなったら、話しましょう)と、きめていた。ただ、トットちゃん
には、こういった。
「新しい学校に行ってみない?いい学校だって話よ」トットちゃんは、
少し考えてから、言った。
「行くけど……」ママは、

(この子は、今何を考えてるのだろう
か)と思った。(うすうす、退学のこと、気がついていたんだろうか……)次の瞬間、ト
ットちゃんは、ママの腕の中に、飛び込んで来て、いった。「ねえ、今度の学校に、いい
チンドン屋さん、来るかな?」とにかく、そんなわけで、トットちゃんとママは、新しい
学校に向かって、歩いているのだった。

新しい学校

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学校の門が、はっきり見えるところまで来て、トットちゃんは、立ち止った。なぜなら、
この間まで行っていた学校の門は、立派なコンクリートみたいな柱で、学校の名前も、大
きく書いてあった。ところが、この新しい学校の門ときたら、低い木で、しかも葉っぱが
生えていた。「地面から生えてる門ね」と、トットちゃんはママに言った。そうして、こ
う、付け加えた。「きっと、どんどんはえて、今に電信柱より高くなるわ」確かに、その
二本の門は、根っこのある木だった。トットちゃんは、門に近づくと、いきなり顔を、斜
めにした。なぜかといえば、門にぶら下げてある学校の名前を書いた札が、風に吹かれた
のか、斜めになっていたからだった。「トモエがくえん」トットちゃんは、顔を斜めにし
たまま、表札を読み上げた。そして、ママに、「トモエって、なあに?」と聞こうとした
ときだった。トットちゃんの目の端に、夢としか思えないものが見えたのだった。トット
ちゃんは、身をかがめると、門の植え込みの、隙間に頭を突っ込んで、門の中をのぞいて
みた。どうしよう、みえたんだけど!「ママ!あれ、本当の電車?校庭に並んでるの」そ
れは、走っていない、本当の電車が六台、教室用に、置かれてあるのだった。トットちゃ
んは、夢のように思った。
“電車の教室……” 電車で窓が、朝の光を受けて、キラキラと
光っていた。目を輝かして、のぞいているトットちゃんの、ホッペタも、光っていた。
気に入ったわ 次の瞬間、トットちゃんは、
「わーい」と歓声を上げると、電車の教室のほ
うに向かって走り出した。そして、走りながら、ママに向かって叫んだ。「ねえ、早く、
動かない電車に乗ってみよう!」ママは、驚いて走り出した。もとバスケットバールの選

手だったままの足は、トットちゃんより速かったから、トットちゃんが、後、ちょっとで
ドア、というときに、スカートを捕まえられてしまった。ママは、スカートのはしを、ぎ
っちり握ったまま、トットちゃんにいった。「ダメよ。この電車は、この学校のお教室な
んだし、あなたは、まだ、この学校に入れていただいてないんだから。もし、どうしても、
この電車に乗りたいんだったら、これからお目にかかる校長先生とちゃんと、お話してち
ょうだい。そして、うまくいったら、この学校に通えるんだから、分かった?」トットち
ゃんは、(今乗れないのは、とても残念なことだ)と思ったけど、ママのいう通りにしよ
うときめたから、大きな声で、¥ 「うん」といって、それから、いそいで、つけたした。
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「私、この学校、とっても気に入ったわ」ママは、トットちゃんが気に入ったかどうかよ
り、校長先生が、トットちゃんを気に入ってくださるかどうか問題なのよ、といいたい気
がしたけど、とにかく、トットちゃんのスカートから手を離し、手をつないで校長室のほ
うに歩き出した。どの電車も静かで、ちょっと前に、一時間目の授業が始まったようだっ
た。あまり広くない校庭の周りには、塀の変わりに、いろんな種類の木が植わっていて、
花壇には、赤や黄色の花がいっぱい咲いていた。校長室は、電車ではなく、ちょうど、門
から正面に見える扇形に広がった七段くらいある石の階段を上った、その右手にあった。
トットちゃんは、ママの手を振り切ると、階段を駆け上がって行ったが、急に止まって、
振り向いた。だから、後ろから行ったママは、もう少しで、トットちゃんと正面衝突する
ところだった。「どうしたの?」ママは、トットちゃんの気が変わったのかと思って、急
いで聞いた。トットちゃんは、ちょうど階段の一番うえに立った形だったけど、まじめな
顔をして、小声でママに聞いた。ママは、かなり辛抱づよい人間だったから……というか,
面白がりやだったから、やはり小声になって、トットちゃんに顔をつけて、聞いた。「ど
うして?」トットちゃんは、ますます声をひそめて言った。
「だってさ、校長先生って、マ

マいったけど、こんなに電車、いっぱい持ってるんだから、本当は、駅の人なんじゃない
の?」確かに、電車の払い下げを校舎にしている学校なんてめずらしいから、トットちゃ
んの疑問も、もっとものこと、とママも思ったけど、この際、説明してるヒマはないので、
こういった。「じゃ、あなた、校長先生に伺って御覧なさい、自分で。それと、あなたの
パパのことを考えてみて?パパはヴァイオリンを弾く人で、いくつかヴァイオリンを持っ
てるけど、ヴァイオリン屋さんじゃないでしょう?そういう人もいるのよ」トットちゃん
は、「そうか」というと、ママと手をつないだ。
校長先生 トットちゃんとママが入っていくと、部屋の中にいた男の人が椅子から立ち上
がった。その人は、頭の毛が薄くなっていて、前のほうの歯が抜けていて、顔の血色がよ
く、背はあまり高くないけど、肩や腕が、がっちりしていて、ヨレヨレの黒の三つ揃いを、
キチンと着ていた。トットちゃんは、急いで、お辞儀をしてから、元気よく聞いた。「校
長先生か、駅の人か、どっち?」
「校長先生だよ」トットちゃんは、とってもうれしそうに
言った。「よかった。じゃ、おねがい。私、この学校にいりたいの」校長先生は、椅子を
トットちゃんに勧めると、ママのほうを向いて言った。「じゃ、僕は、これからトットち
ゃんと話がありますから、もう、お帰り下さって結構です」ほんのちょっとの間、トット
ちゃんは、少し心細い気がしたけど、なんとなく、
(この校長先生ならいいや)と思った。
ママは、いさぎよく先生にいった。「じゃ、よろしく、お願いします」そして、ドアを閉
めて出て行った。校長先生は、トットちゃんの前に椅子を引っ張ってきて、とても近い位
置に、向かい合わせに腰をかけると、こういった。
「さあ、何でも、先生に話してごらん。
話したいこと、全部」「話したいこと!?」(なにか聞かれて、お返事するのかな?)と思っ
ていたトットちゃんは、「何でも話していい」と聞いて、ものすごくうれしくなって、す
ぐ話し始めた。順序も、話し方も、少しグチャグチャだったけど、一生懸命に話した。今
乗ってきた電車が速かったこと。¥ 駅の改札口のおじさんに、お願いしたけど、切符をく
れなかったこと。前に行ってた学校の受け持ちの女の先生は、顔がきれいだということ。
その学校には、つばめの巣があること。家には、ロッキーという茶色の犬がいて“お手”
と“ごめんくださいませ”と、ご飯の後で、
“満足、満足”ができること。幼稚園のとき、

ハサミを口の中に入れて、チョキチョキやると、「舌を切ります」と先生が怒ったけど、
何回もやっちゃったっていうこと。洟が出てきたときは、いつまでも、ズルズルやってる
と、ママにしかられるから、なるべく早くかむこと。パパは、海で泳ぐのが上手で、飛び
込みだって出来ること。こういったことを、次から次と、トットちゃんは話した。先生は、
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笑ったり、うなずいたり、「これから?」とかいったりしてくださったから、うれしくて、
トットちゃんは、いつまでも話した。でも、とうとう、話がなくなった。トットちゃんは、
口をつぐんで考えていると、先生はいった。「もう、ないかい?」トットちゃんは、これ
でおしまいにしてしまうのは、残念だと思った。せっかく、話を、いっぱい聞いてもらう、
いいチャンスなのに。(なにか、話は、ないかなあ……)頭の中が、忙しく動いた。と思
ったら、「よかった!」。話が見つかった。それは、その日、トットちゃんが着てる洋服の
ことだった。たいがいの洋服は、ママが手製で作ってくれるのだけれど、今日のは、買っ
たものだった。というのも、なにしろトットちゃんが夕方、外から帰ってきたとき、どの
洋服もビリビリで、ときには、ジャキジャキのときもあったし、どうしてそうなるのか、
ママにも絶対わからないのだけれど、白い木綿でゴム入りのパンツまで、ビリビリになっ
ているのだから。トットちゃんの話によると、よその家の庭をつっきって垣根をもぐった
り、原っぱの鉄条網をくぐるとき、
「こんなになっちゃうんだ」ということなのだけれど、
とにかく、そんな具合で、結局、今朝、家をでるとき、ママの手製の、しゃれたのは、ど
れもビリビリで、仕方なく、前に買ったのを着てきたのだった。それはワンピースで、エ
ンジとグレーの細かいチェックで、布地はジャージーだから、悪くはないけど、衿にして
ある、花の刺繍の、赤い色が、ママは、「趣味が悪い」といっていた。そのことを、トッ
トちゃんは、思い出したのだった。だから、急いで椅子から降りると、衿を手で持ち上げ
て、先生のそばに行き、こういった。「この衿ね、ママ、嫌いなんだって!」 それをいっ

てしまったら、どう考えてみても、本当に、話しはもう無くなった。トットちゃんは(少
し悲しい)と思った。トットちゃんが、そう思ったとき、先生が立ち上がった。そして、
トットちゃんの頭に、大きく暖かい手を置くと、「じゃ、これで、君は、この学校の生徒
だよ」そういった。……その時,トットちゃんは、なんだか、生まれて初めて、本当に好
きな人にあったような気がした。だって、生まれてから今日まで、こんな長い時間、自分
の話を聞いてくれた人は、いなっかたんだもの。そして、その長い時間の間、一度だって、
あくびをしたり、退屈そうにしないで、トットちゃんが話してるのと同じように、身を乗
り出して、一生懸命、聞いてくれたんだもの。¥ トットちゃんは、このとき、まだ時計が
読めなかったんだけど、それでも長い時間、と思ったくらいなんだから、もし読めたら、
ビックリしたに違いない。そして、もっと先生に感謝したに違いない。というのは、トッ
トちゃんとママが学校に着いたのが八時で、校長室で全部の話が終わって、トットちゃん
が、この学校の生徒になった、と決まったとき、先生が懐中時計を見て、「ああ、お弁当
の時間だな」といったから、つまり、たっぷり四時間、先生は、トットちゃんの話を聞い
てくれたことになるのだった。後にも先にも、トットちゃんの話を、こんなにちゃんと聞
いてくれた大人は、いなかった。それにしても、まだ小学校一年生になったばかりのトッ
トちゃんが、四時間も、一人でしゃべるぶんの話しがあったことは、ママや、前の学校の
先生が聞いたら、きっと、ビックリするに違いないことだった。 このとき、トットちゃ
んは、まだ退学のことはもちろん、周りの大人が、手こずってることも、気がついていな
かったし、もともと性格も陽気で、忘れっぽいタチだったから、無邪気に見えた。でも、
トットちゃんの中のどこかに、なんとなく、疎外感のような、他の子供と違って、ひとり
だけ、ちょっと、冷たい目で見られているようなものを、おぼろげには感じていた。それ
が、この校長先生といると、安心で、暖かくて、気持ちがよかった。(この人となら、ず
ーっと一緒にいてもいい)これが、校長先生、小林宗作氏に、初めて遭った日、トットち
ゃんが感じた、感想だった。そして、有難いことに、校長先生も、トットちゃんと、同じ
感想を、その時、持っていたのだった。

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お弁当

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トットちゃんは、校長先生に連れられて、みんなが、お弁当を食べるところを、見に行く
ことになった。お昼だけは、電車でなく、「みんな、講堂に集まることになっている」と
校長先生が教えてくれた。講堂はさっきトットちゃんが上がってきた石の階段の、突き当
たりにあった。いってみると、生徒たちが、大騒ぎをしながら、机と椅子を、講堂に、ま
ーるく輪になるように、並べているところだった。隅っこで、それを見ていたトットちゃ
んは、校長先生の上着を引っ張って聞いた。
「他の生徒は、どこにいるの?」 校長先生は
答えた。
「これで全部なんだよ」
「全部!?」トットちゃんは、信じられない気がした。だっ
て、前の学校の一クラスと同じくらいしか、いないんだもの。そうすると、「学校中で、
五十人くらいなの?」校長先生は、「そうだ」といった。トットちゃんは、なにもかも、
前の学校と違ってると思った。 みんなが着着席すると、校長先生は、「みんな、海のも
のと、山のもの、もって来たかい?」と聞いた。 「はーい」 みんな、それぞれの、お
弁当の、ふたを取った。 「どれどれ」 校長先生は、机で出来た円の中に入ると、ひと
りずる、お弁当をのぞきながら、歩いている。生徒たちは、笑ったり、キイキイいったり、
にぎやかだった。 「海のものと、山のもの、って、なんだろう」 トットちゃんは、お
かしくなった。でも、とっても、とっても、この学校は変わっていて、面白そう。お弁当
の時間が、こんなに、愉快で、楽しいなんて、知らなかった。トットちゃんは、明日から
は、自分も、あの机に座って、『海のものと、山のもの』の弁当を、校長先生に見てもら
うんだ、と思うと、もう、嬉しさと、楽しさで、胸がいっぱいになり、叫びそうになった。
お弁当を、のぞきこんでる校長先生の肩に、お昼の光が、やわらかく止まっていた。
今日から学校に行く

きのう、「今日から、君は、もう、この学校の生徒だよ」、そう校
長先生に言われたトットちゃんにとって、こんなに次の日が待ち遠しい、ってことは、今
までになかった。だから、いつもなら朝、ママが叩き起こしても、まだベッドの上でぼん
やりしてることの多いトットちゃんが、この日ばかりは、誰からも起こされない前に、も
うソックスまではいて、ランドセルを背負って、みんなの起きるのを待っていた。 この
家の中で、いちばん、きちんと時間を守るシェパードのロッキーは、トットちゃんの、い
つもと違う行動に、怪訝そうな目を向けながら、それでも、大きく伸びをすると、トット
ちゃんにぴったりとくっついて、(何か始まるらしい)ことを期待した。 ママ大変だっ
た。大忙しで、『海のものと山のもの』のお弁当を作り、トットちゃんに朝ごはんを食べ
させ、毛糸で編んだヒモを通した、セルロイドの定期入れを、トットちゃんの首にかけた。
これは定期を、なくさないためだった、パパは「いい子でね」と頭をヒシャヒシャにした
まま言った。「もちろん!」と、トットちゃんは言うと、玄関で靴を履き、戸を開けると、
クルリと家の中を向き、丁寧にお辞儀をして、こういった。 「みなさま、行ってまいり
ます」 見送りに立っていたママは、ちょっと涙でそうになった。それは、こんなに生き
生きとしてお行儀よく、素直で、楽しそうにしてるトットちゃんが、つい、このあいだ、
「退学になった」、ということを思い出したからだった。
(新しい学校で、うまくいくとい
い……)ママは心からそう祈った。 ところが、次の瞬間、ママは、飛び上がるほど驚い
た。というのは、トットちゃんが、せっかくママが首からかけた定期を、ロッキーの首に
かけているのを見たからだった。ママは、
(一体どうなるのだろう?)と思ったけど、だま
って、成り行きを見ることにした。トットちゃんは、定期をロッキーの首にかけると、し
ゃがんで、ロッキーに、こういった。 「いい?この定期のヒモは、あんたに、合わない
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のよ」 確かに、ロッキーにはヒモが長く、定期は地面を引きずっていた。 「わかった?
これは私の定期で、あんたのじゃないから、あんたは電車に乗れないの。校長先生に聞い
てみるけど、駅の人にも。で『いい』っていったら、あんたも学校に来られるんだけど、
どうかなあ」 ロッキーは、途中までは、耳をピンと立てて神妙に聞いていたけど、説明
の終わりのところで、定期を、ちょっと、なめてみて、それから、あくびをした。それで
も、トットちゃんは、一生懸命に話し続けた。 「電車の教室は、動かないから、お教室
では、定期はいらないと思うんだ。とにかく、今日は持ってるのよ」 たしかにロッキー
は、今まで、歩いて通う学校の門まで、毎日、トットちゃんと一緒に行って、後は、一人
で家に帰ってきていたから、今日も、そのつもりでいた。 トットちゃんは、定期をロッ
キーの首からはずすと、大切そうに自分の首にかけると、パパとママに、もう一度、 『行
ってまいりまーす』 というと、今度は振り返らずに、ランドセルをカタカタいわせて走
り出した。ロッキーも、からだをのびのびさせながら、並んで走り出した。 駅までの道
は、前の学校に行く道と、ほとんど変わらなかった。だから、途中でトットちゃんは、顔
見知りの犬や猫や、前の同級生と、すれ違った。トットちゃんは、その度に、「定期を見
せて、驚かせてやろうかな?」と思ったけど、
(もし遅くなったら大変だから、今日は、よ
そう……)と決めて、どんどん歩いた。 駅のところに来て、いつもなら左に行くトット
ちゃんが、右に曲がったので、可哀そうにロッキーは、とても心配そうに立ち止って、キ
ョロキョロした。トットちゃんは、改札口のところまで行ったんだけど、戻ってきて、ま
だ不思議そうな顔をしてるロッキーにいった。 「もう、前の学校には行かないのよ。新
しい学校に行くんだから」 それからトットちゃんは、ロッキーの顔に、自分の顔をくっ
つけ、ついでにロッキーの耳の中の、においをかいだ。(いつもと同じくらい、くさいけ
れど、私には、いい、におい!)そう思うと顔を離して、
「バイバイ」というと、定期を駅
の人に見せて、ちょっと高い駅の階段を、登り始めた。ロッキーは、小さい声で鳴いて、
トットちゃんが階段を上がっていくのを、いつまでも見送っていた。
電車の教室
トットちゃんが、きのう、校長先生から教えていただいた、自分の教室で
ある、電車のドアに手をかけたとき、まだ校庭には、誰の姿も見えなかった。今と違って、
昔の電車は、外から開くように、ドアに取手がついていた。両手で、その取手を持って、

右に引くと、ドアは、すぐ開いた。トットちゃんは、ドキドキしながら、そーっと、首を
突っ込んで、中を見てみた。 「わあーい」 これなら、勉強しながら、いつも旅行をし
てるみたいじゃない。網棚もあるし、窓も全部、そのままだし。違うところは、運転手さ
んの席のところに黒板があるのと、電車の長い腰掛を、はずして、生徒用の机と腰掛が進
行方向に向いて並んでいるのと、つり革が無いところだけ。後は、天井も床も、全部、電
車のままになっていた。トットちゃんは靴を脱いで中に入り、誰でも腰掛けていたいくら
い、気持ちのいい椅子だった。トットちゃんは、うれしくて、
(こんな気に入った学校は、
絶対に、お休みなんかしないで、ずーっとくる)と,強く心に思った。 それからトット
ちゃんは、窓から外を見ていた。すると、動いていないはずの電車なのに、校庭の花や木
が、少し風に揺れているせいか、電車が走っているような気持ちになった。 「ああ、嬉
しいなあー」 トットちゃんは、とうとう声に出して、そういった。それから、顔をぺっ
たりガラス窓にくっつけると、いつも、嬉しいとき、そうするように、デタラメ歌を、う
たいはじめた。 とても うれし うれし とても どうしてかっていえば…… そこま
で歌ったとき、誰かが乗り込んできた。女の子だった。その子は、ノートと筆箱をランと
セルから出して机の上に置くと、背伸びをして、網棚にランドセルをのせた。それから草
履袋も、のせた。トットちゃんは歌をやめて、急いで、まねをした。次に、男の子が乗っ
てきた。その子は、ドアのところから、バスケットボールのように、ランドセルを、網棚
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に投げ込んだ。網棚の、網は、大きく波うつと、ランドセルを、投げ出した。ランドセル
は、床に落ちた。その男の子は、
「失敗!」というと、またもや、同じところから、網棚め
がけて、投げ込んだ。今度は、うまく、おさまった。
『成功!』と、その子は叫ぶと、すぐ、

「失敗!」といって、机によじ登ると、網棚のランドセルを開けて、筆箱やノートを出し
た。そういうのを出すのを忘れたから、失敗だったに違いなかった。 こうして、九人の
生徒が、トットちゃんの電車に乗り込んできて、それが、トモエ学園の、一年生の全員だ
った。 そしてそれは、同じ電車で旅をする、仲間だった。

授業

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お教室が本当の電車で、“かわってる”と思ったトットちゃんが、次に“かわってる”と
思ったのは、教室で座る場所だった。前の学校は、誰かさんは、どの机、隣は誰、前は誰、
と決まっていた。ところが、この学校は、どこでも、次の日の気分や都合で、毎日、好き
なところに座っていいのだった。 そこでトットちゃんは、さんざん考え、そして見回し
たあげく、朝、トットちゃんの次に教室に入ってきた女の子の隣に座ることに決めた。な
ぜなら、この子が、長い耳をした兎の絵のついた、ジャンパー・スカートをはいていたか
らだった。 でも、なによりも“かわっていた”のは、この学校の、授業のやりかただっ
た。 普通の学校は、一時間目が国語なら、国語をやって、二時間目が算数なら、算数、
という風に、時間割の通りの順番なのだけど、この学校は、まるっきり違っていた。何し
ろ、一時間目が始まるときに、その日、一日やる時間割の、全部の科目の問題を、女の先
生が、黒板にいっぱいに書いちゃって、¥ 「さあ、どれでも好きなのから、始めてくださ
い」といったんだ。だから生徒は、国語であろうと、算数であろうと、自分の好きなのか
ら始めていっこうに、かまわないのだった。だから、作文の好きな子が、作文を書いてい
ると、後ろでは、物理の好きな子が、アルコール・ランプに火をつけて、フラスコをブク
ブクやったり、何かを爆発させてる、なんていう光景は、どの教室でもみれらることだっ
た。この授業のやり方は、上級になるにしたがって、その子供の興味を持っているもの、
興味の持ち方、物の考え方、そして、個性、といったものが、先生に、はっきり分かって
くるから、先生にとって、生徒を知る上で、何よりの勉強法だった。また、生徒にとって
も、好きな学科からやっていい、というのは、嬉しいことだったし、嫌いな学科にしても、
学校が終わる時間までに、やればいいのだから、何とか、やりくり出来た。従って、自習
の形式が多く、いよいよ、分からなくなってくると、先生のところに聞きに行くか、自分

の席に先生に来ていただいて、納得の行くまで、教えてもらう。そして、例題をもらって、
また自習に入る。これは本当の勉強だった。だから、先生の話や説明を、ボンヤリ聞く、
といった事は、無いにひとしかった。トットちゃん達、一年生は、まだ自習をするほどの
勉強を始めていなかったけど、それでも、自分の好きな科目から勉強する、ということに
は、かわりなかった。カタカナを書く子、絵を描く子。本を読んでる子。中には、体操を
している子もいた。トットちゃんの隣の女の子は、もう、ひらがなが書けるらしく、ノー
トに写していた。トットちゃんは、何もかもが珍しくて、ワクワクしちゃって、みんなみ
たいに、すぐ勉強、というわけにはいかなかった。そんな時、トットちゃんの後ろの机の
男の子が立ち上がって、黒板のほうに歩き出した。ノートを持って。黒板の横の机で、他
の子に何かを教えている先生のところに行くらしかった。その子の歩くのを、後ろから見
たトットちゃんは、それまでキョロキョロしてた動作をピタリと止めて、頬杖をつき、ジ
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ーっと、その子を見つめた。その子は、歩くとき、足を引きずっていた。とっても、歩く
とき、体が揺れた。始めは、わざとしているのか、と思ったくらいだった。でも、やっぱ
り、わざとじゃなくて、そういう風になっちゃうんだ、と、しばらく見ていたトットちゃ
んに分かった。その子が、自分の机に戻ってくるのを、トットちゃんは、さっきの、頬杖
のまま、見た。目と目が合った。その男の子は、トットちゃんを見ると、ニコリと笑った。
トットちゃんも、あわてて、ニコリとした。その子が、後ろの席に座ると、――座るのも、
他の子より、時間がかかったんだけど――トットちゃんは、クルリと振り向いて、その子
に聞いた。
「どうして、そんな風に歩くの?」その子は、優しい声で静かに答えた。とても
利口そうな声だった。
「僕、小児麻痺なんだ」
「しょうにまひ?」トットちゃんは、それま

で、そういう言葉を聴いたことが無かったから、聞き返した。その子は、少し小さい声で
いった。「そう、小児麻痺。足だけじゃないよ。手だって……」そういうと、その子は、
長い指と指が、くっついて、曲がったみたいになった手を出した。トットちゃんは、その
左手を見ながら、「直らないの?」と心配になって聞いた。その子は、黙っていた。トッ
トちゃんは、悪いことを聞いたのかと悲しくなった。すると、その子は、明るい声で言っ
た。
「僕の名前は、やまもとやすあき。君は?」トットちゃんは、その子が元気な声を出し
たので、嬉しくなって、大きな声で言った。「トットちゃんよ」こうして、山本泰明ちゃ
んと、トットちゃんのお友達づきあいが始まった。電車の中は、暖かい日差しで、暑いく
らいだった。誰かが、窓を開けた。新しい春の風が、電車の中を通り抜け、子供たちの髪
の毛が歌っているように、とびはねた。トットちゃんの、トモエでの第一目は、こんな風
に始まったのだった。

海のものと山のもの

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さて、トットちゃんが待ちに待った『海のものと山のもの』のお弁当の時間が来た。この
『海のものと山のもの』って、何か、といえば、それは、校長先生が考えた、お弁当のお
かずのことだった。普通なら、お弁当のおかずについて、「子供が好き嫌いをしないよう
に、工夫してください」とか、「栄養が、片寄らないようにお願いします」とか、言うと
ころだけど、校長先生はひとこと、 「海のものと山のものを持たせてください」と、子
供たちの家の人に、頼んだ、というわけだった。 山は……例えば、お野菜とか、お肉と
か(お肉は山で取れるってわけじゃないけど、大きく分けると、牛とか豚とかニワトリと
かは、陸に住んでいるのだから、山のほうに入るって考え)、海は、お魚とか、佃煮とか。
この二種類を、必ずお弁当のおかずに入れてほしい、というのだった。
(こんなに簡単に、
必要なことを表現できる大人は、校長先生のほかには、そういない)とトットちゃんのマ
マは、ひどく感心していた。しかも、ママにとっても、海と山とに、分けてもらっただけ
で、おかずを考えるのが、とても面倒なことじゃなく思えてきたから、不思議だった。そ

れに校長先生は、海と山といっても、
“無理しないこと”
“贅沢しないこと”といってくだ
さったから、山は“キンピラゴボウと玉子焼”で海は“おかか”という風でよかったし、
もっと簡単な海と山を例にすれば、“お海苔と梅干”でよかったのだ。 そして子供たち
は、トットちゃんが始めてみたときに、とっても、うらやましく思ったように、お弁当の
時間に、校長先生が、自分たちのお弁当箱の中をのぞいて、「海のものと、山のものは、
あるかい?」と、ひとりずつ確かめてくださるのが、嬉しかったし、それから、自分たち
も、どれが海で、どれが山かを発見するのも、ものすごいスリルだった。でも、たまには、
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母親が忙しかったり、あれこれ手が回らなくて、山だけだったり、海だけという子もいた。
そういう時は、どうなるのか、といえば、その子は心配しないでいいのだった。なぜなら、
お弁当の中をのぞいて歩く校長先生の後ろから、白い、割烹前掛けをかけた、校長先生の
奥さんが、両手に、おなべをひとつずつ持って、ついて歩いていた。そして先生がどっち
か足りないこの前で、「海!」というと、奥さんは、海のおなべから、ちくわの煮たのを、
二個くらい、お弁当箱のふたに、乗せてくださったし、先生が、¥ 「山!」といえば、も
う片方の、山のおなべから、おいもの煮ころがしが、飛び出す、という風だったから。こ
んなわけだったので、どの子供たちも「ちくわが嫌い」なんて、そんなことは、言わなか
ったし、(誰のおかずが上等で、誰のおかずが、いつも、みっともない)なんて思わなく
て、海と山とが揃った、ということが、嬉しくて、お互いに笑いあったり、叫んだりする
のだった。トットちゃんにも、やっと『海のものと山のもの』が、なんだか分かった。阻
止寺、
(ママが、今朝、大急行で作ってくれたお弁当は、大丈夫かな?)と少し心配になっ
た。でも、ふたを取ったとき、トットちゃんが、「わあーい」といいそうになって、口お

押さえたくらい、それは、それは、ステキなお弁当だった。黄色のいり卵、グリンピース、
茶色のデンブ、ピンク色の、タラコをパラパラに炒ったの、そんな、いろんな色が、お花
畑みたいな模様になっていたのだもの。校長先生は、トットちゃんのを、のぞきこむと、
「きれいだね」といった。トットちゃんは、嬉しくなって、「ママは、とっても、おかず
上手なの」といった。校長先生は、「そうかい」といってから、茶色のデンブをさして、
トットちゃんに、「これは、海かい?山かい?」と聞いた、トットちゃんは、デンブを、ジ
ーっと見て、
「これは、どっちだろう」と考えた。
(色からすると、山みたいだけど、だっ
て、土みたいな色だからさ。でも……わかんない)そう思ったので、「わかりません」と
答えた。すると、校長先生は、大きな声で、「デンブは、海と山と、どっちだい?」と、
みんなに聞いた。ちょっと考える間があって、みんな一斉に、
「山!」とか、
『海!』とか叫
んで、どっちとも決まらなかった。みんなが叫び終わると、校長先生は、いった。「いい
かい、デンブは、海だよ」「なんで」と、肥った男の子が聞いた。校長先生は、机の輪の
真ん中に立つと、「デンブは、魚の身をほぐして、細かくして、炒って作ったものだから
さ」と説明した。
「ふーん」と、みんなは、感心した声を出した。そのとき誰かが、
「先生、
トットちゃんのデンブ、見てもいい?」と聞いた。校長先生が、
「いいよ」というと、学校
中の子が、ゾロゾロ立ってきて、トットちゃんのデンブを見た。デンブは知ってて、食べ
たことはあっても、今の話で、急に興味が出てきた子も、また、自分の家のデンブと、ト
ットちゃんのと、少し、かわっているのかな?と思って、見たい子もいるに違いなかった。
デンブを見にきた子の中には、においをかぐ子もいたので、トットちゃんは、鼻息で、デ
ンブが飛ばないか、と心配になったくらいだった。でも、初めてのお弁当の時間は、少し
ドキドキはしたけど、楽しくて、『海のものと山のもの』を考えるのも面白いし、デンブ
がお魚って分かったし、ママは、『海のものと山のもの』を、ちゃんと入れてくれたし、
トットちゃんは、

(ぜんぶ、よかったな)と、嬉しくなった。そして、次に、嬉しいのは、
ママの弁当は、食べると、おいしいことだった。
よく噛めよ で、普通なら、これで、
「いただきまーす」になるんだけど、このトモエ学
園は、ここで、合唱が入るのが、また、変わっていた。校長先生は、音楽家でもあったか
ら、『お弁当を食べる前に歌う歌』というのを作った。ただし、これは、作曲が、イギリ
ス人で、歌詞だけが、校長先生だった。というより、本当は、もともとあった曲に、先生
が替え歌をつけた、というのが、正しいのだけれど。もともとの曲は、あの有名な、『船
をこげよ(Row Boat)』 ロー ロー ロー ユアー ボート ジェントリー ダウン ザ
ストゥリーム メリリー メリリー メリリー メリリー ライス イズ バット ア
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ドリームで、これに校長先生がつけた歌詞は、次のようだった。 よーく 噛めよ たべ
ものを 噛めよ
噛めよ
噛めよ
噛めよ たべものを そして、これを歌い終わ
ると、初めて、
「いただきまーす」になるのだった。 “ロー ロー ロー ユアー ボー
ト”のメロディーに、“よく、噛めよ”は、ぴったりとあった。だから、この学校の卒業
生は、ずいぶんと大きくなるまで、このメロディーは、お弁当の前の歌う歌だ、と信じて
いたくらいだった。校長先生は、自分の歯が抜けていたので、この歌を作ったのかもしれ
ないけど、本当は、「よく噛めよ」というより、お食事は、時間をかけて、楽しく、いろ
んなお話しをしながら、ゆっくり食べるものだ、と、いつも生徒に話していたから、その
ことを忘れないように、この歌を作ったのかもしれなかった。さて、みんなは、大きな声

で、この歌を歌うと、
「いただきまーす」といって、
『海のものと山のもの』に、とりかか
った。トットちゃんも、もちろん、同じようにした。 講堂は一瞬だけ、静かになった。

散歩

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お弁当の後、みんなと校庭で走り回ったトットちゃんが、電車の教室に戻ると、女の先生
が、
「皆さん、今日は、とてもよく勉強したから、午後は、何をしたい?」と聞いた。トッ
トちゃんが、(えーと、私のしたいこと、って言えば……)なんて考えるより前に、みん
なが口々に「散歩!」といった。すると先生は、 「じゃ、行きましょう」といって立ち
上がり、みんなも、電車のドアを開けて、靴を履いて、飛び出した。トットちゃんは、パ
パと犬のロッキーと、散歩に行ったことはあるけど、学校で、散歩に行く、って知らなか
ったから、ビックリした。でも、散歩は大好きだから、トットちゃんも、急いで靴を履い
た。あとで分かったことだけど、先生が朝の一時間目に、その日、一日やる時間割の問題
を黒板に書いて、みんなが、頑張って、午前中に、全部やっちゃうと、午後は、たいがい
散歩になるのだった。これは一年生でも、六年生でも同じだった。学校の門を出ると、女
の先生を、真ん中にして、九人の一年生は、小さい川に沿って歩き出した。川の両側には、
ついこの間まで満開だった、桜の大きい木が、ずーっと並んでいた。そして、見渡す限り、
菜の花畑だった。今では、川も埋め立てられ、団地やお店でギュウヅメの自由の丘も、こ
の頃は、ほとんどが畑だった。「お散歩は、九品仏よ」と、兎の絵のジャンパー・スカー
トの、女の子がいった。この子は、“サッコちゃん”という名前だった。それからサッコ
ちゃんは、
「九品仏の池のそばで、この前、蛇を見たわよ」とか、
「九品仏のお寺の古い井
戸の中に、流れ星が落ちてるんだって」とか教えてくれた。みんなは、勝手に、おしゃべ
りしながら歩いていく。空は青く、蝶々が、いっぱい、あっちにも、こっちにも、ヒラヒ

ラしていた。十分くらい歩いたところで、女の先生は、足を止めた。そして、黄色い菜の
花を指して、
「これは、菜の花ね。どうして、お花が咲くか、分かる?」といった。そして、
それから、メシベとオシベの話しをした。生徒は、みんな道にしゃがんで、菜の花を観察
した。先生は、蝶々も、花を咲かせるお手伝いをしている、といった。本当に、蝶々は、
お手伝いをしているらしく、忙しそうだった。それから、また先生は歩き出したから、み
んなも、観察はおしまいにして、立ち上がった。誰かが、「オシベと、アカンベは違うよ
ね」とか、いった。トットちゃんは、(違うんじゃないかなあー!)と思ったけど、よく、
わかんなかった。でも、オシベとメシベが大切、ってことは、みんなと同じように、よく
分かった。そして、また十分くらい歩くと、見たいもののほうに、キャアキャアいって走
っていった。サッコちゃんが、
「流れ星の井戸を見に行かない?」といったので、もちろん、
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トットちゃんは、「うん」といって、サッコちゃんの後について走った。井戸っていって
も、石みたいので出来ていて、二人の胸のところくらいまであり、木のふたがしてあった、
二人でふたを取って、下をのぞくと中は真っ暗で、よく見ると、コンクリートの固まりか、
石の固まりみたいのが入っているだけで、トットちゃんが想像してたみたいな、キラキラ
光る星は、どこにも見えなかった。長いこと、頭を井戸の中に突っ込んでいたトットちゃ
んは、頭を上げると、サッコちゃんに聞いた。
「お星さま、見た?」サッコちゃんは、頭を
振ると「一度も、ないの」といった。トットちゃんは、どうして光らないか、お考えた。
そして、いった。
「お星さま、今、寝てるんじゃないの?」サッコちゃんは、大きい目を、
もっと大きくしていった。「お星さまって、寝るの?」トットちゃんは、あまり確信が無

かったから、早口でいった。「お星さまは、昼間、寝てて、夜、起きて、光るんじゃない
か、って思うんだ」それから、みんなで、仁王さまのお腹を見て笑ったり、薄暗いお堂の
中の仏さまを、(少し、こわい)と思いながらも、のぞいたり、天狗さまの大きな足跡の
残ってる石に、自分の足を乗せて比べてみたり、池の周りを回って、ボートに乗っている
人に、「こんちは」といったり、お墓の周りの、黒いツルツルの、あぶら石を借りて、石
蹴りをしたり、もう満足するぐらい、遊んだ。特に、初めてのトットちゃんは、もう興奮
して、次から次と、何かを発見しては、叫び声を上げた。春の日差しが、少し傾いた。先
生は、「帰りましょう」といって、また、みんな、菜の花と桜の木の間も道を、並んで、
学校に向かった。子供たちにとって、自由で、お遊びの時間と見える、この『散歩』が、
実は、貴重は、理科か、歴史か、生物の勉強になっているのだ、ということを、子供たち
は気がついていなかった。トットちゃんは、もう、すっかり、みんなと友達になっていて、
前から、ずーっと一緒にいるような気になっていた。だから、帰り道に「明日も、散歩に
しよう!」と、みんなに大きい声で言った。みんなは、とびはねながら、いった。
「そうし
よう」蝶々は、まだまだ忙しそうで、鳥の声が、近くや遠くに聞こえていた。トットちゃ
んの胸は、なんか、うれしいもので、いっぱいだった。

校歌

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トットちゃんには、本当に、新しい驚きで、いっぱいの、トモエ学園での毎日が過ぎてい
った。相変わらず、学校に早く行きたくて、朝が待ちきれなかった。そして、帰ってくる
と、犬のロッキーと、ママとパパに、「今日、学校で、どんなことをして、どのくらい面
白かった」とか、
「もう、びっくりしちゃった」とか、しまいには、ママが、
「話は、ちょ
っとお休みして、おやつにしたら?」というまで、話をやめなかった。そして、これは、
どんなにトットちゃんが、学校に馴れてもやっぱり、毎日ように、話すことは、山のよう
に、あったのだった。

(でも、こんなに話すことがたくさんあるってことは、有難いこと)
と、ママは、心から、嬉しく思っていた。ある日、トットちゃんは、学校に行く電車の中
で、突然、「あれ?オモエに校歌って、あったかな?」と考えた。そう思ったら、もう、早
く学校に着きたくなって、まだ、あと二つも駅があるのに、ドアのところに立って、自由
が丘に電車が着いたら、すぐ出られるように、ヨーイ・ドンの格好で待った。ひとつ前の
駅で、ドアが開いたとき、乗り込もうとした、おばさんは、女の子が、ドアのところで、
ヨーイ・ドンの形になってるので、降りるのか、と思ったら、そのままの形で動かないの
で、「どうなっちゃってるのかね」といいながら、乗り込んできた。こんな具合だったか
ら、駅に着いたときの、トットちゃんの早く降りたことといったら、なかった。若い男の
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車掌さんが、しゃれたポーズで、まだ、完全に止まっていない電車から、プラットホーム
に片足をつけて、おりながら、
「自由が丘!お降りの方は……」といったとき、もう、トッ
トちゃんの姿は、改札口から、見えなくなっていた。学校に着いて、電車の教室に入ると、
トットちゃんは、先に来ていた、山内泰二君に、すぐ聞いた。「ねえ、タイちゃん。この
学校って、校歌ある?」物理の好きなタイちゃんは、とても、考えそうな声で答えた。
「な
いんじゃないかな?」
「ふーん」と、トットちゃんは、少し、もったいをつけて、それから、
「あったほうが、いいと思うんだ。前の学校なんて、すごいのが、あったんだから!」と
いって、大きな声で歌い始めた。「せんぞくいけはあさけれどいじんのむねをふかくくみ
(洗足池は浅けれど、偉人の胸を深く汲み)」これが、まえの学校の校歌だった。ほんの
少ししか通わなかったし、一年生には、難しい言葉だったけど、トットちゃんは、ちゃん
と、覚えていた。(ただし、この部分だけだったけど)聞き終わると、泰ちゃんは、少し

感心したように、頭を二回くらい、軽く振ると、「ふーん」といった。その頃には、他の
生徒も着ていて、みんなも、トットちゃんの、難しい言葉に尊敬と、憧れを持ったらしく、
「ふーん」といった。トットちゃんは、いった。「ねえ、校長先生に、校歌、作ってもら
おうよ」みんなも、そう思ったところだったから、
「そうしよう、そうしよう」といって、
みんなで、ゾロゾロ校長室に行った。校長先生は、トットちゃんの歌を聞き、みんなの希
望を聞くと、
「よし、じゃ、明日の朝までに作っておくよ」といった。みんなは、
「約束だ
よ」といって、また、ゾロゾロ教室に戻った。さて、次の日の朝だった。各教室に、校長
先生から、“みんな、校庭に集まるように”という、ことづけがあった。トットちゃん達
は、期待でむねを、ワクワクさせながら校庭に集まった。校長先生は、校庭の真ん中に、
黒板を運び出すと、いった。
「いいかい、君達の学校、トモエの校歌だよ」そして黒板に、
五線を書くと、次のように、オタマジャクシを並べた。それから、校長先生は、手を指揮
者のように、大きく上げると、
「さあ、一緒に歌おう!」といって、手を振り下ろした。全
校生徒、五十人は、みんな、先生の声に合わせて、歌った。
「トモエ、トモエ、トーモエ!」
「……これだけ?」ちょっとした間があって、トットちゃんが聞いた。校長先生は、得意
そうに答えた。
「そうだよ」トットちゃんは、ひどく、がっかりした声で、先生に言った。
「もっと、むずかしいのが、よかったんだ。センゾクイケハアサケレドーみたいなの」先
生は、顔を真っ赤にして、笑いながらいった。
「いいかい?これ、いいと思うけどな」結局、
他の子供達も、「こんなカンタンすぎるのなら、いらない」といって、断った。先生は、
ちょっと残念そうだったけど、別に怒りもしないで、黒板けしで、消してしまった。トッ
トちゃんは、すこし(先生に悪かったかな)と思ったけど(ほしかったのは、もっと偉そ
うなヤツだったんだもの、仕方がないや)と考えた。¥ 本当は、、こんなに簡単で『学校
を、そして子供たち』を愛する校長先生の気持ちがこもった校歌はなかったのに、子供達

には、まだ、それが分からなかった。そして、その後、子供たちも校歌のことは忘れ、先
生も要らないと思ったのか、黒板けしで消したまま、最後まで、トモエには、校歌って、
なかった。
今日は、トットちゃんにとって、大仕事の日だった。どうしてかっていうと、いちばん大
切にしてる、お財布を、トットちゃんは、学校のトイレに落としてしまったからだった。
お金は、ぜんぜんはいっていなかったけど、トイレに持っていくくらい、大切なお財布だ
った。それは、赤とか黄色とか緑とかのチェックのリボン地で出来ていて、形は四角いペ
タンコで、三角形のベロ式の蓋がついていて、ホックのところに、銀色のスコッチ・テリ
アの形のブローチみたいのがついてる、本当に、しゃれたものだった。だいたい、トット
ちゃんは、トイレに行って、用事が済んだ後、下をのぞきこむ、不思議なクセが、小さい
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ときからあった。そのために、小学校に上がる前に、すでに、麦わらのとか、白いレース
とかの帽子を、いくつも下に落としていた。今のように水洗いではなく、その頃は、汲み
取り式で、下は水槽になっていたから、帽子はたいがい、そこに浮かんで、そのままにな
った。だから、ママは、いつも、
「用事が済んでも、下を見ないこと!」と、トットちゃん
に、いっていた。それなのに、この日、学校が始まる前にトイレに行って、つい、見てし
まったのだ。その途端持ち方が悪かったのか、その大切なお財布が、“ポチャン”と下に
落ちてしまい、トットちゃんが、「あーあ!!」と悲鳴をあげたとき、したの暗やみの、ど
こにも、もうお財布は、見えなかった。そこで、トットちゃんが、どうしたかって言うと、
泣いたり、あきらめたりはしなくって、すぐ、小使いの小父さん(今の用務員さん)の物
置に走っていった。そして、水まき用の、ひしゃくを、担いで持ってきた。まだ小さいト
ットちゃんには、ひしゃくの柄が,体の倍くらいあったけど、そんなこと、かまわなかっ
た。トットちゃんは、学校の裏に回ると、汲み取り口を探した。トイレの外側の壁のあた

りにあるかと思ったけど、どこにもないので、随分さがしたら壁から一メートルぐらい離
れた、地面に、丸いコンクリートの蓋があり、それが、どうやら、汲み取り口らしいと、
トットちゃんは判断した。やっとこ、それを動かすと、ポッカリ穴が開いて、そこは、紛
れもなく、汲み取り口だった。頭を突っ込んで、のぞいてから、トットちゃんは、いった。
「なんだか、九品仏の池くらい大きい」それから、トットちゃんの、大仕事が始まった。
ひしゃくを中に、突っ込んで、汲み出し始めたのだった。初めは、だいたい落ちた方向の
あたりをしゃくったけれど、何しろ、深いのと、暗いのと、上は三つのドアで区切ってあ
るトイレが、下はひとつの池になっているのだから、かなりの大きさだった。そして、頭
を突っ込み過ぎると、中に落ちそうになるので、何でもいいから、汲むことにして、汲み
出したものは、穴の周りに、つみあげた。勿論、一しゃくごとに、お財布が、混じってな
いか、検査をした。(すぐあるか)と思ったのに、どこに隠れたのか、お財布は、ひしゃ
くの中に入ってこない。そのうち、授業の始まるベルの鳴るのが聞こえてきた。(どうし
ようかな?)と、トットちゃんは考えたけど、
(せっかく、ここまで、やったんだもの)と、
仕事を続けることにした。その代わり、前より、もっと、頑張って、汲んだ。かなりの山
が出来たときだった。校長先生が、トイレの裏道を通りかかった。先生は、トットちゃん
のやってることを見て、聞いた。
「なにしてんだい?」トットちゃんは、手を休める時間も
おしいから、ひしゃくを、突っ込みながら答えた。
「お財布、落としたの」
「そうかい」そ
ういうと、校長先生は、手を、体のうしろに組んだ、いつもの散歩の恰好で、どっかに行
ってしまった。それから、また、しばらくの時間が経った。お財布は、まだ見つからない。
山は、どんどん、大きくなる。その頃、また校長先生が通りかかって聞いた。「あったか
い?」汗びっしょりで、真っ赤なほっぺたのトットちゃんは、山に囲まれながら、
「ない」
と答えた。先生は、トットちゃんの顔に、少し、顔を近づけると、友達のような声で、い
った。「終わったら、みんな、もどしとけよ」そして、また、さっきと同じように、どっ
かに歩いていった。「うん」と、トットちゃんは元気に答えて、また仕事に取り掛かった
けど、ふと、気がついて、山を見た。「終わったら、全部戻すけど、水のほうは、どうし

たらいいのかなあ?」本当に、水分のほうは、どんどん地面に吸い込まれていて、この形
は、もうなかった。トットちゃんは、働く手を止めて、地面に、しみてしまった水分を、
どうしたら、校長先生との約束のように、戻せるか、考えてみた。そして、結論として、
(しみてる土を、少し、もどしておけば、いい)と決めた。結局、うずたかく山が出来て、
トイレの池は、ほとんどからになったというのに、あのお財布はとうとう出て来なかった。
もしかすると、ヘリとか、底に、ぴったり、くっついていたのかも知れなかった。でも、
もうトットちゃんには、なくても、満足だった。自分で、これだけ、やってみたのだから。
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本当は、その満足の中に、『校長先生が、自分のしたことを、怒らないで、自分のことを
信頼してくれて、ちゃんとした人格を持った人間として、扱ってくれた』ということがあ
ったんだけど、そんな難しいことは、トットちゃんには、まだ、わからなかった。普通な
ら、このトットちゃんの、してる事を見つけた時、「なんていうことをしてるんだ」とか
「危ないから、やめなさい」と、たいがいの大人は、いうところだし、また、反対に、
「手
伝ってやろうか?」という人もいるに違いなかった。それなのに、「終わったら、みんな、
もどしておけよ」とだけ言った校長先生は、(なんて、素晴らしい)と、ママは、この話
をトットちゃんから聞いて思った。この事件以来、トットちゃんは“トイレに入ったとき、
絶対に下を見なくなった”。それから校長先生を、
“心から信頼できる人”と思ったし、
“前
よりももっと先生を好き”になったのだった。トットちゃんは、校長先生との約束どおり、
山を崩して、完全に、元のトイレの池に、もどした。汲むときは、あんなに大変だったの
に、戻すときは早かった。それから、水分のしみこんだ土も、ひしゃくで削って、少し、
もどした。地面を平らにして、コンクリートの蓋を、キチンと、元の通りにして、ひしゃ

くも、物置に返した。その晩、眠る前に、トットちゃんは、暗やみに落ちていく、きれい
なお財布の姿を思い出して、やっぱり(なつかしい)と考えながら、昼間の疲れで、早く、
眠くなった。その頃、トットちゃんが奮闘したあたりに地面は、まだ濡れていて、月の光
の下で、美しいもののように、キラキラ光っていた。お財布も、どこかで、静かにしてい
るに違いなかった。
トットちゃんの本当の名前は「徹子」という。どして、こういう名前になったのかという
と、生まれて来るとき、親戚の人や、ママやパパの友達たち、みんなが、「男の子に違い
ない!」とか、いたものだから、初めて子供を持つパパとママが、それを信用して、「徹」
と決めた。そしたら、女の子だったので、少しは困ったけど、「徹」の字が、二人も気に
入っていたから、くじけずに、それに早速、
「子」をつけて、
「徹子」としたのだった。 そ
んな具合で、小さいときから、周りの人は、「テツコちゃん」と呼んだ。ところが、本人
は、そう思っていなくて、誰かが、
「お名前は?」と聞くと、必ず、
「トットちゃん!」と答
えた。小さいときって、口が回らない、ってことだけじゃなくて、言葉をたくさん、知ら
ないから、人のしゃべってる音が、自分流に聞こえちゃう、ってことがある。トットちゃ
んの幼馴染みの男の子で、どうしても、
「石鹸のあぶく」が、
「ちぇんけんのあぶけ」にな
っちゃう子や、
「看護婦さん」のことを、
「かんごくさん」といっていた女の子がいた。そ
んなわけで、トットちゃんは、 「テツコちゃん、テツコちゃん」と呼ばれるのを、「ト
ットちゃん、トットちゃん」と思い込んでいたのだった。おまけに、「ちゃん」までが、
自分の名前だと信じていたのだった。そのうち、パパだけは、いつ頃からか、
「トット助」
と呼ぶようになった。どうしてだかは、分からないけど、パパだけは、こう呼んだ。「ト
ット助!バラの花についてるそう鼻虫を取るの、手伝ってくれない?」というふうに。結局、

小学生になっても、パパと、犬のロッキー以外の人は、「トットちゃん」と呼んでくれた
し、トットちゃんも、ノートには、
「テツコ」と書いたけど、本当は、
「トットちゃん」だ
と、思っていた。
トットちゃんは、昨日、とても、がっかりしてしまった。それは、ママ「もう、ラジオで
落語を聞いちゃダメよ」と、いったからだった。トットちゃんの頃のラジオは、大きくて、
木で出来ていた。だいたいが、縦長の四角で、てっぺんが、丸くなっていて、正面はスピ
ーカーになってるから、ピンクの絹の布などが張ってあり、真ん中に、からくさの彫刻が
あって、スイッチが二つだけ、ついている、とても優雅な形のものだった。学校に入る前
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から、そのラジオのピンクの部分に、耳を突っ込むようにして、トットちゃんは、落語を
聞くのが好きだった。落語は、とても面白いと思ったからだった。そして昨日までは、マ
マも、トットちゃんが落語を聞くことについて、何も言わなかった。ところが、昨日の夕
方、弦楽四重奏の練習のために、パパのオーケストラの仲間が、トットちゃんの家の応接
間に集まったときだった。チェロの橘常定さんが、トットちゃんに、「バナナを、おみや
げに持ってきてくださった」とママが入ったので、トットちゃんは、大喜びのあまり、こ
んな風に言ってしまったのだ。つまり、トットちゃんは、バナナをいただくと、丁寧に、
お辞儀をしてから、橘さんに、こういった。
「おっ母あ、こいつは、おんのじだぜ」 それ
以来、落語を聞くのは、パパとママが留守のとき、秘密に、ということになった。噺家が
上手だと、トットちゃんは、大声で笑ってしまう。もし、誰か大人が、この様子を見てい
たら、「よく、こんな小さい子が、この難しい話で笑うな」と思ったかも知れないけど、
実際の話、子供は、どんなに幼く見えても、本当に面白いものは、絶対に、わかるのだっ

た。
今日、学校の昼休みに、「今晩、新しい電車、来るわよ」と、ミヨちゃんが、いった。ミ
ヨちゃんは、校長先生の三番目の娘で、トットちゃんと同級だった。教室用の電車は、す
でに、校庭に六台、並んでいたけれど、もう一台、来るという。しかも、それは、「図書
室用の電車」ミヨちゃんは、教えてくれた。みんな、すっかり興奮してしまった。そのと
き、誰かが、いった。「どこを走って学校に来るのかなあ……」これは、すごい疑問だっ
た。ちょっと、シーン、としてから誰かがいった。「途中まで、大井町線の線路を走って
来て、あそこの踏切から、外れて、ここに来るんじゃないの?」すると、誰かが言った。
「そいじゃ、脱線みたいじゃないか」もうひとりの誰かが言った。「じゃ、リヤカーで運
ぶんじゃないかな?」すると、すぐ誰かが言った。
「あんなに大きな電車が、乗っかるリヤ
カーって、ある?」
「そうか……」と、みんなの考えが止まってしまった。確かに、今の国
電の車輌一台分が乗るヤリカーもトラックだって、ないように思えた。
「あのさ……」と、
トットちゃんは、考えたあげくに、いった。「路線をさ、ずーっと、学校まで敷くんじゃ
ないの?」誰かが聞いた。
「どこから?」
「どこからって、あのさ、今、電車が、いるところ
から……」トットちゃんは、いいながら、
(やっぱり、いい考えじゃなかった)と思った。
だって、どこに電車があるのか、分からないし、家やなんかを、ぶっこわして、まっすぐ
の線路を、学校まで敷くはず、ないもの、と思ったからだった。それから、しばらくの間、
みんなで、「ああでもない」「こうでもない」と、いいあった結果、とうとう、「今晩、家
に帰らないで、電車が来るところを、見てみよう」ということになった。代表として,ミ
ヨちゃんが,お父さんである校長先生に、夜まで、みんなが学校にいてもいいか、聞きに
行った。しばらくして、ミヨちゃんは、帰って来ると、こういった。
「電車が来るの、夜、
うんと遅くだって。走ってる電車が終わってから。でも、どうしても見たい人は、一回、
家に帰って、家の人に聞いて、“いい”といわれたら、パジャマと、毛布を持って晩御飯

食べてから、学校にいらっしゃいって!」
「わーい!!」みんなは、さらに興奮した。
「パジャ
マだって?」
「毛布だって?」その日の午後は、もう、みんな、勉強してても、気が気じゃ
なかった。放課後、トットちゃんのクラスの子は、みんな、弾丸のように、家に帰ってし
まった。お互いに、パジャマと毛布を持って集まれる幸運を祈りながら……。¥ 家に着く
なり、トットちゃんは、ママに言った。「電車が来るの、どうやって来るか、まだ、わか
んないけど。パジャマと、毛布。ねえ、行っても、いいでしょう?」この説明で、事情の
わかる母親は、まず、いないと思うけど、トットちゃんのママも、意味は、わからなかっ
た。でも、トットちゃんの真剣な顔で、(何か、かなり変わったことが起きるらしい)と
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察した。ママは、いろいろと、トットちゃんに質問した。そして、とうとう、どういう話
なのか、これから、何が起きようとしているのか、よく、わかった。そして、ママは、そ
ういうのを、トットちゃんが見ておく機会は、そうないのだかたら、見ておくほうがいい
し、(私も見たいわ)と思ったくらいだった。ママは、トットちゃんのパジャマと毛布を
用意すると、晩御飯を食べてから、学校まで、送っていった。学校に、集まったのは、噂
を聞きつけた上級生も少しいて、全部で、十人くらいだった。トットちゃんのままの他に
も、二人くらい、送ってきたお母さんがいて、“見たそう”にしてたけど校長先生に、子
供たちをお願いして、帰っていった。「来たら、起こしてあげるよ」と、校長先生に言わ
れて、みんな講堂に、毛布に包まって、寝ることになった。(電車が、どうやって運ばれ
るのか、それを考えると、夜も寝られない)とも思ったけど、それまでの興奮で、疲れて
きて、「絶対に起こしてよ」といいながら、だんだん、みんな、眠くなって、とうとう、
寝てしまった。

「来た!来た!」ガヤガヤ言う声で、トットちゃんは、飛び起きて、校庭か
ら門の外のところまで走って行った。ちょうど、朝もやの中に、電車が、大きな姿を現し
たところだった。なんだか、まるで夢みたいだった。線路のない、普通の道を、電車が、
音もなく、走ってきたのだもの。この電車は、大井町の操車場から、トラクターで、運ば
れてきたのだった。トットちゃんたちは自分達の知らなかった、この、リヤカーより大き
いトラクターというものの存在を知って、そのことにも感動した。この大きなトラクター
で、誰もいない朝の町を、ゆっくりと、電車は、運ばれて来たのだった。¥ ところが、そ
れからが大騒ぎだった。まだ大型クレーンなど、ない時代だったから、電車をトラクター
から、下ろすというか、はずして、決められた校庭の隅に、移すというのが、大変な作業
だったのだ。運んできたお兄さん達は、太い丸大を、何本も電車の下に敷いて、少しずつ、
その上を、転がすようにして、電車を、トラクターから、校庭へと下ろしていった。「よ
く見ていなさい。あれは、コロといって、転がす力を応用して、あんな大きな電車を動か
すんだよ」校長先生は、子供たちに説明した。子供たちは真剣に、見物した。お兄さん達
の、「よいしょ、よししょ」の声に、合わすように、朝の光が、のぼり始めた。たくさん
の人達を乗せて,忙しく働いてきた,この電車は、すでに、この学校に来ている他の六台
の電車と同じように、車輪かはずされていて、もう走る必要もなく、これから、子供たち
の笑い声や叫び声だけをのせて、のんびりすれば、いいのだった。子供たちは、パジャマ
姿で、朝日の中にいた。そして、この現場に居合わせたことを、心から幸福に思った。あ
んまり、嬉しいので、次々に、校長先生の肩や腕に、ぶら下がったり飛びついたりした。
校長先生は、よろけながら、嬉しそうに笑った。校長先生の笑う顔を見ると、子供たちも、
また、嬉しくなって笑った。誰も彼もが笑った。そして、このとき笑ったことを、みんな
は、いつまでも、忘れなかった。
トットちゃんにとって。今日は記念すべき日だった。というのは、生まれて初めて、プー
ルで泳いだのだから。しかも、裸んぼで。 今日の朝のことだった、校長先生が、みんな
にいった。「急に暑くなったから、プールに水を入れようと思うんだ!」「わーい」と、み
んな、飛び上がった。一年生のトットちゃん達も、もちろん、「わーい」といって、上級
生より、もっと、飛び上がった。トモエのプールは、普通のみたいに四角じゃなくて、
(地
面の関係から、らしかったけど)先のほうが、少し細かくなってるボールみたいな形だっ
た。でも、大きくて、とても立派だった。場所は、教室と講堂の、ちょうど、あいだにあ

った。 トットちゃん達は、授業中も、気になって、何度も電車の窓からプールを見た。
水が入っていないときのプールは、枯れた葉っぱの運動場みたいだったけど、お掃除して、
水が入り始めると、それは、はっきりと、プールとわかった。 いよいよ、お昼休みにな
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った。みんなが、プールの周りに集まると、校長先生が言った。「じゃ、体操してから、
泳ごうか?」トットちゃんは考えた。
(よくわかんないけど、普通泳ぐときって、海水着っ
て言うの、着るんじゃないの?もうせん、パパとママと鎌倉に行ったとき、海水着とか、
浮袋とか、いろんなもの、持っていったんだけど……今日、持って来るように、って先生
言ったかなあ?……) すると、校長先生は、トットちゃんの考えれることが、わかった
みたいに、こういった。
「水着の心配は、いらないよ。講堂に行ってごらん?」 トットち
ゃんと他の一年生が走って講堂に行ってみると、もう大きい子供達が、キャアキャア叫び
ながら、洋服を脱いでるところだった。そして、脱ぐと、お風呂に入るときと同じように
裸んぼで、校庭に、次々と、飛び出して行く。トットちゃん達も、急いで脱いだ。熱い風
が吹いていたから、裸になると気持ちがよかった。はだしで、階段を、駆け降りた。 水
泳の先生は、ミヨちゃんのお兄さん、つまり、校長先生の息子で、たいそうの専門家だっ
た。でも、トモエの先生ではなくて、よその大学の水泳の選手で、名前は、学校と同じ、
ともえ(巴)さん、といった。トモエさんは、海水着を着ている。 体操をして、体に水
をかけてもらうと、みんな、「キィー!」とか、「ヒャー!」とか、「ワハハハ」なんて、い
ろんな声を出しながら、プールに、とびこんだ。トットちゃんも、少し、みんなの入るを
見て、背が立つとわかってから、入ってみた。お風呂は、お湯だけど、プールは、水だっ
た。でも、プールは大きくて、どんなに手を伸ばしても、どこまでも、水だった。 細っ
こい子も、少しデブの子も、男の子も女の子も、みんな、生まれたまんまの姿で、笑った

り、悲鳴をあげたり、水にもぐったりした。トットちゃんは、「プールって、面白くて、
気持ちがいい」と考え、犬のロッキーが、一緒に学校に来られないのを、残念に思った。
だって、海水着を着なくてもいい、ってわかったら、きっとロッキーも、プールに入って、
泳ぐのにさ。 校長先生が、なぜ、海水着なしで泳がしたか、って言えば、それに別に、
規則ではなかった。だから、海水着を持って来た子は、来てもよかったし、今日みたいに、
急に「泳ごうか?」となった日は、用意もないから、裸でかまわなかった。で、なぜ裸に
したか、といえば、「男の子と女の子が、お互いに体の違いを、変な風に詮索するのは、
よくないことだ」ということと、「自分の体を無理に、他の人から、隠そうとするのは、
自然じゃない」、と考えたからだった。 (どんな体も美しいのだ) と校長先生は、生
徒達に教えたかった。トモエの生徒の中には、泰明ちゃんのように、小児麻痺の子や、背
が、とても小さい、というような、ハンディキャップを持った子も、何人かいたから、裸
になって、一緒に遊ぶ、ということが、そういう子供達の羞恥心を取り除き、ひいては、
劣等意識を持たさないのに役立つのではないか、と、校長先生は、こんなことも考えてい
たのだった。そして、事実、初めは恥ずかしそうにしていたハンディキャップを持ってい
る子も、そのうち平気になり、楽しいことのほうが先にたって、「恥ずかしい」なんて気
持ちは、いつのまにか、なくなっていた。 それでも、生徒の家族の中には、心配して、
「必ず着るように!」と言い聞かせて、海水着を持たす家もあった。でも、結局は、トッ
トちゃんみたいに、初めから、(泳ぐのは裸がいい)、と決めた子や、「海水着を忘れた」
といって、泳いでいる子を見ると、そのほうがいいみたいで、一緒に裸で泳いでしまって、
帰るときに、大騒ぎで、海水着に水をかけたり、ということになるのだった。そんなわけ
で、トモエの子供達は、全身、真っ黒に陽焼けしちゃうから、海水着を跡が白く残ってる、
ってことは、たいがい、なかった。
トットちゃんは、今、ランドセルをカタカタいわせながら、わき見もしないで、駅から家
に向かって走っている。ちょっと見たら、重大事件が起こったのか、と思うくらい。学校
の門を出てから、ずーっと、トットちゃんは、こうだった。 家に着いて、玄関の戸を開
けると、トットちゃんは、 「ただいま」 といってから、ロッキーを探した。ロッキー
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は、ベランダに、お腹をぺったりとつけて、涼んでいた。トットちゃんは、黙って、ロッ
キーの顔の前に座ると、背中からランドセルを卸し、中から、通信簿を取り出した。それ
は、トットちゃんが、始めてもらった、通信簿だった。トットちゃんは、ロッキーの目の
前に、よく見えるように、成績のところを開けると、 「見て?」 と、少し自慢そうに
いった。そこには、甲とか乙とか、いろんな字が書いてあった。最もトットちゃんにも、
甲より乙のほうがいいのか、それとも、甲のほうがいいのか、そういうことは、まだ、わ
からなかったのだから、ロッキーにとっては、もっと難しいことに違いなかった。でも、
トットちゃんは、この、初めての通信簿を、誰よりも先にロッキーに見せなきゃ、と思っ
てたし、ロッキーも、きっと、喜ぶ、と思っていた。 ロッキーは、目の前の紙を見ると、
においをかいで、それから、トットちゃんの顔を、じーっと見た。トットちゃんは、いっ
た。 「いいと思うでしょ?ちょっと漢字が多いから、あんたには、難しいとこも、ある
と思うけど」 ロッキーは、もう一度、紙を、よく眺める風に頭を動かして、それから、
トットちゃんの手を、なめた。 トットちゃんは、立ち上がりながら、満足気名調子で言
った。 「よかった。じゃ、ママたちに見せてくる」 トットちゃんが行っちゃうと、ロ
ッキーは、もう少し涼しい場所を探すために、起き上がった。そして、ゆっくり、すわる
と、目を閉じた。それは、トットちゃんじゃなくても、ロッキーが通信簿について考えて
いる、と思うような、目の閉じ方だった。
「明日、テントを張って、野宿をします。毛布とパジャマを持って、夕方、学校に来て
ください」 こういう校長先生からの手紙を、トットちゃんは、学校から持って帰って、
ままに見せた。明日から、夏休み、という日のことだった。 「野宿って、なあに?」 ト
ットちゃんは、ママに聞いた。ママも、考えていたところだったけど、こんな風に答えた。
「とっか、外にテントを張って、その中に寝るんじゃないの?テントだと、寝ながら、星
とかお月様が見られるのよ。でも、どこにテントを張るのかしらね。交通費っていうのが
ないから、きっと学校の近くよ」その夜、ベッドに入っても、トットちゃんは、野宿のこ
とを考えると、ちょっと、怖いみたいな、ものすごく冒険みたいな、なんかドキドキする
気持ちで、いつまでも、眠くならなかった。 次の日、目が覚めると、もう、トットちゃ
んは、荷物を作り始めた。そして、パジャマを入れたリュックの上に、毛布を乗せてもら

うと、少し、つぶされそうになりながら、夕方、ママとパパにバイバイをすると、出かけ
ていった。¥ 学校にみんなが集まると、校長先生は、「みんな講堂においで」といい、み
んなが講堂に集まると、小さいなステージの上に、ゴワゴワしたものを、持って上がった。
それは、グリーン色のテントだった。先生は、それを広げると、いった。「これから、テ
ントの張り方を教えるから、よく見てるんだよ」そして、先生は、一人で、“ふんふん”
いいながら、あっちの紐をひっぱったり、こっちに柱を建てたりして、あっ、という間に、
とてもステキな三角形のテントを張ってしまった。そして、いった。「いいかい。これか
ら君達は、みんなで講堂に、たくさん、テントを張って、野宿だ!」ママは、たいがいの
人が考えるように、外のテントを張るのだと思ったのだけれど、高校先生の考えは、違っ
ていた。 “講堂なら、雨が降っても、少々、夜中に寒くなっても、大丈夫!” 子供たち
は、一斉に「野宿だ!野宿だ!」と叫びながら、何人かずつ、組になり、先生達にも手伝っ
てもらって、とうとう、講堂の床に、みんなの分だけのテントを張ってしまった。ひとつ
のテントは、三人くらいずつ寝られる大きさだった。トットちゃんは、はやばやと、パジ
ャマになると、あっちもテント、こっちょのテントと、入り口から、はいずって、出たり
入ったり、満足のいくまでした。みんなも同じように、よそのテントを訪問しあった。全
部が、パジャマになると、校長先生は、みんなが見える、真ん中に座って、先生が旅をし
た外国の話しをしてくれた。子供達は、テントから首を半分だした寝転んだ形や、きちん
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と、座ったり、上級生の膝に、頭を持たせかけたりしながら、行ったことは勿論、それま
で見たことも、聞いたこともない外国の話しを聞いた。先生の話はめずらしく、ときには、
海の向こうの子供達が、友達のように思えるときも、あった。そして、たったこれだけの
ことが……講堂にテントを張って、寝ることが……子供たちにとっては、一生、忘れるこ
との出来ない、楽しくて、貴重な経験になった。校長先生は、確実に、子供たちの喜ぶこ
とを知っていた。先生の話が終わり、行動の電気が消えると、みんなは、ゴソゴソと、自

分のテントの中に入った。あっちのテントからは、笑い声が……、こっちのテントからは、
ヒソヒソ声が、それから、向こうのテントでは、取っ組み合いが……。それもだんだんと
静かになっていった。星も月もない野宿だったけど、心のそこから満足した子供たちが、
小さい講堂で、野宿をしていた。そして、その夜、たくさんの星と、月の光は、講堂を包
むように、いつまでも、光っていたのだった。
講堂での野宿の次の次の日、とうとう、トットちゃんの大冒険の日が来た。それは、泰
明ちゃんとの約束だった。そして、その約束は、ママにもパパにも、泰明ちゃんの家の人
にも、秘密だった。その約束が、どういうのか、というと、それは、「トットちゃんの木
に、泰明ちゃんを招待する」というものだった。トットちゃんの木、といっても、それは
トモエの校庭にある木で、トモエの生徒は、校庭のあっちこっちに自分専用の、登る木を
決めてあったので、トットちゃんのその木も、校庭の端っこの、九品仏に行く細い道に面
した垣根のところに生えていた。その木は、太くて、登るときツルツルしていたけど、う
まく、よじ登ると、下から二メートルくらいのところが、二股になっていて、その、また
のところが、ハンモックのように、ゆったりとしていた。トットちゃんは、学校の休み時
間や、放課後、よく、そこに腰をかけて、遠くを見物したり、空を見たり、道を通る人た
ちを眺めたりしていた。 そんなわけで、よその子に登らせてほしいときは、「ごめんく
ださいませ。ちょっとお邪魔します」という風にいって、よじ登らせてもらうくらい、
“自
分の木”って、決まっていた。でも、泰明ちゃんは、小児麻痺だったから、木に登ったこ
とがなく、自分の木も、決めてなかった。だから、今日、トットちゃんは、その自分の木
に、泰明ちゃんを招待しようと決めて、泰明ちゃんと、約束してあったのだ。トットちゃ
んが、みんなに秘密にしたのは、きっと、みんなが反対するだろう、と思ったからだった。
トットちゃんは、家をでるとき、 「田園調布の、泰明ちゃんの家に行く」 とママに言
った。嘘をついてるので、なるべくママの顔を見ないで、靴のヒモのほうを見るようにし
た。でも、駅までついてきたロッキーには、別れるとき、本当のことを話した。「泰明ち
ゃんを、私の木に登らせてあげるんだ!」トットちゃんが、首からヒモで下げた定期をバ
タバタさせて学校に着くと、泰明ちゃんは、夏休みで誰もいない校庭の、花壇のそばに立
っていた。泰明ちゃんは、トットちゃんより、一歳、年上だったけど、いつも、ずーっと
大きい子のように話した。 泰明ちゃんは、トットちゃんを見つけると、足を引きずりな
がら、手を前のほうに出すような恰好で、トットちゃんのほうに走って来た。トットちゃ

んは、誰にも秘密の冒険をするのだ、と思うと、もう嬉しくなって、泰明ちゃんんの顔を
見て、 「ヒヒヒヒヒ」 と笑った。泰明ちゃんも、笑った。それからトットちゃんは、
自分の木のところに、泰明ちゃんを連れて行くと、ゆうべから考えていたように、小使い
の小父さんの物置に走っていって、立てかける梯子を、ズルズルひっぱって来て、それを、
木の二股あたりに立てかけると、どんどん登って、上で、それを押さえて、 「いいわよ、
登ってみて?」 と下を向いて叫んだ。でも泰明ちゃんは、手や足の力がなかったから、
とても一人では、一段目も登れそうになかった。そこで、トットちゃんは、物凄い早さで、
後ろ向きになって梯子を降りると、今度は、泰明ちゃんのお尻を、後ろから押して、上に
乗せようとした。ところが、トットちゃんは、小さくて、やせている子だったから、泰明
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ちゃんのお尻を押さえるだけが精いっぱいで、グラグラ動く梯子を押さえる力は、とても
なかった。泰明ちゃんは、梯子にかけた足を降ろすと、だまって、下を向いて、梯子のと
ころに立っていた、トットちゃんは、思っていたより、難しいことだったことに、初めて
気がついた。 (どうしよう……) でも、どんなことをしても、泰明ちゃんも楽しみに
している、この自分の木に、登らせたかった。トットちゃんは、悲しそうにしている泰明
ちゃんの顔の前にまわると、頬っぺたを膨らませた面白い顔をしてから、元気な声でいっ
た。 「待ってって?いい考えがあるんだ!!」 それから、次々と引っ張り出してみた。
そして、とうとう、脚立を発見した。 (これなら、グラグラしないから、押さえなくて
も大丈夫) それから、トットちゃんは、その脚立を、引きずって来た。それまで、「こ
んなに自分が力持ちって知らなかった」と思うほどの凄い力だった。脚立を立ててみると、
ほとんど、木の二股のあたりまで、とどいた。それから、トットちゃんは、泰明ちゃんの
お姉さんみたいな声でいった。 「いい?こわくないのよ。もう、グラグラしないんだか
ら」 泰明ちゃんは、とてもビクビクした目で脚立を見た。それから、汗びっしょりのト
ットちゃんを見た。泰明ちゃんも、汗ビッショリだった。それから、泰明ちゃんは、木を

見上げた。そして、心を決めたように、一段目に足をかけた。 それから、脚立の一番上
まで、泰明ちゃんが登るのに、どれくらいの時間がかかったか、二人にもわからなかった。
夏の日射しの照りつける中で、二人とも、何も考えていなかった。とにかく、泰明ちゃん
が、脚立の上まで登れればいい、それだけだった。トットちゃんは、泰明ちゃんの足の下
にもぐっては、足を持ち上げ、頭で泰明ちゃんのお尻を支えた。泰明ちゃんも、力の入る
限り頑張って、とうとう、てっぺんまで、よじ登った。 「ばんざい!」 ところが、そ
れから先が絶望的だった。二股に飛び移ったトットちゃんが、どんなに引っ張っても、脚
立の泰明ちゃんは、木の上に移れそうもなかった。脚立の上につかまりながら、泰明ちゃ
んは、トットちゃんを見た。突然、トットちゃんは、泣きたくなった。 「こんなはずじ
ゃなかった。私の木に泰明ちゃんを招待し手、いろんなものを見せてあがたいと思ったの
に」 でも、トットちゃんは、泣かなかった。もし、トットちゃんが泣いたら、泰明ちゃ
んも、きっと泣いちゃう、と思ったからだった。 トットちゃんは、泰明ちゃんの、小児
麻痺で指がくっついたままの手を取った。トットちゃんの手より、ずーっと指が長くて、
大きい手だった。トットちゃんは、その手を、しばらく握っていた。そして、それから、
いった。 「寝る恰好になってみて?ひっぱってみる」 このとき、脚立の上に腹ばいに
なった泰明ちゃんを、二股の上に立ち上がって、引っ張り始めたトットちゃんを,もし、
大人が見たら、きっと悲鳴をあげたに違いない。それくらい、二人は、不安定な恰好にな
っていた。 でも、泰明ちゃんは、もう、トットちゃんを信頼していた。そして、トット
ちゃんは、自分の全生命を、このとき、かけていた。小さい手に、泰明ちゃんの手を、し
っかりとつかんで、ありったけの力で、泰明ちゃんを、引っ張った。 入道曇が、時々、
強い日ざしを、さえぎってくれた。 そして、ついに、二人は、向かい合うことが出来た
のだった。トットちゃんは、汗で、ビチャビチャの横わけの髪の毛を、手でなでつけなが
ら、お辞儀をしていった。 「いらっしゃいませ」 泰明ちゃんは、木に、よりかかった
形で、少し恥ずかしそうに笑いながら、答えた。 「お邪魔します。」 泰明ちゃんにと
っては、初めて見る景色だった。そして、「木に登るって、こういうのか、って、わかっ
た」って、うれしそうにいった。それから、二人は、ずーっと木の上で、いろんな話しを
した。泰明ちゃんは、熱を込めて、こんな話しもした。
「アメリカにいる、お姉さんから、
聞いたんだけど、アメリカに、テレビジョンていうのが出来たんだって。それが日本に来
れば、家にいて、国技館の、お相撲が見られるんだって。箱みたいな形だって」遠くに行

くのが大変な泰明ちゃんにとって、家にいて、いろんなものが見られることが、どんなに、
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嬉しいことか、それは、まだトットちゃんには、わからないことだった。だから、(箱の
中から、お相撲が出るなんて、どういう事かな?お相撲さんで、大きいのに、どうやって、
家まで来て、箱の中に入るのかな?)と考えたけど、とっても、変わってる話だとは、思
った。まだ、誰もテレビジョンなんて知らない時代のことだった。トットちゃんに、最初
にテレビの話しを教えてくれたのは、この泰明ちゃんだった。セミが、ほうぼうで鳴いて
いた。二人とも、満足していた。そして、泰明ちゃんにとっては、これが、最初で、最後
の、木登りになってしまったのだった。
「こわくて、くさくて、おいしいもの、なあに?」
。このナゾナゾは何度やっても面白いの
で、トットちゃん達は、答えを知ってるのに、 「ねえ、“こわくて”っていう、あのナ
ゾナゾ、出して?」と、お互いに出しあっては、よろこんだ。答えは、「鬼か、トイレで、
おまんじゅう食べているところ」というのだけれど。さて、今晩のトモエの“肝試し”は、
こんなナゾナゾみたいな結果になった。「こわくて、痒くて、笑っちゃうもの、なあに?」
っていう風に。講堂にテントを張って野宿した、あの晩、校長先生が、
「九品仏のお寺で、
夜、
“肝試し”やるけど、お化けになりたい子、手をあげて!」といって、男の子が七人く
らい、きそって、オバケになる、ということになっていた。今日の夕方、みんなが学校に
集まると、オバケになる子は、思い思いに、自分で作ったオバケの衣裳を用意して、「こ
わくするぞー!!」とかいって、九品仏のお寺のどこかに、隠れに行った。後の三十人くら
いの子は、五人くらいずつのグループに分かれて、少しずつ時間をずらして学校を出発、
九品仏のお寺とお墓を回って、学校まで帰って来る。つまり、「どれだけ、こわいのを我

慢できるかの、“肝試し”だけど、こわくなったら、途中で帰って来てちっともかまわな
い」と、校長先生は説明した。トットちゃんは、ママから懐中電灯を借りて来た。「なく
さないでね」とママは言った。男の子の中には、「オバケをつかまえる」といって、蝶々
を採るアミとか、「オバケを、しばってやる」といって、縄を持ってきた子もいた。校長
先生が、説明したり、ジャンケンでグループを決めているうちに、かなり暗くなってきて、
いよいよ、第一のグループは、「出発していい」ということになった。みんな興奮して、
キイキイいいながら、校門を出て行った。そして、いよいよ、トットちゃん達のグループ
の番になった。
(九品仏のお寺に行くまで、オバケ出ない、と先生はいったけど、絶対に、
途中で出ないかな……)とビクビクしながら、やっと仁王様の見える、お寺の入り口に、
たどりついた。夜のお寺は、お月様が出ていても、暗いみたいで、いつもは広広として気
持ちのいい境内なのに、今日は、どこからオバケが出て来るか判らないと思うと、もう、
トットちゃん達は、こわくてこわくて、どうしようもなかった。だから、ちょっと風で木
が揺れると、
「キャーッ!!」。足で、グニャッとしたものを踏むと、
「出たア!」。しまいには、
お互いに手をつないでいる相手さえも、(オバケじゃないか!?)と心配になったくらいだ
った。トットちゃんは、もう、お墓まで行かないことにした。オバケは、お墓で待ってる
に決まってるし、もう、充分に、(キモダメシが、どんなのか)ってわかったから、帰っ
たほうがいい、と考えたからがった。偶然、グループのみんなも同じ考えだったので、ト
ットちゃんは、(よかった、一人じゃなくて)と思い、帰り道、みんなは、もう一目散だ
った。学校に帰ると、前に行った組も、帰って来ていて、みんなも、怖いから、ほとんど
お墓まで行かなかった、とわかった。そのうち、白い布を頭から、かぶった男の子が、ワ
アワア泣きながら、先生に連れられて、門から入って来た。その子は、オバケになって、
ずーっと、お墓の中にしゃがんで、みんなを待っていたけど、誰も来ないし、だんだん、
こわくなって、とうとうお墓から外に出て、道で泣いてるところを、巡回してた先生に見
つけられ、帰って来たのだった。みんなが、その子を慰めていると、また泣きながら、違
うオバケと男の子が帰って来た。オバケの子は、誰かがお墓に入って来たので、
「オバケ!」
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と言おうと思って前に飛び出したら、走って来たその男の子と正面衝突して、二人とも、
びっくりしたのと、痛いのとで、オイオイ泣きながら、一緒に走って来たのだった。みん
な、おかしいのと、怖かったのが終わった安心とで、ゲラゲラ笑った。オバケも、泣きな
がら笑った。そこに、新聞紙で作ったオバケをかぶった。トットちゃんと同級生の右田君
が、「ひどいよ、ずーっと待ってたのにさ」といいながら帰って来て、蚊に食われた、足
や手を、ボリボリ掻いた。それを見て、
「オバケが、蚊に食われてる!」と誰かが言ったか
ら、みんな、また笑った。五年生の受け持ちの丸山先生が、「じゃ、そろそろ残ってるオ
バケを連れて来ましょう」と出かけて行った。そして、外灯の下でキョロキョロしてたオ
バケや、こわくって、家まで帰っちゃったオバケを、全部、連れて帰って来た。この夜の
あと、トモエの生徒はは、オバケを、怖くないと思った。だって、オバケだって、こわが
っているんだ、って、わかったんだからさ。
トットちゃんは、お行儀よく歩いている。犬のロッキーも、たまにトットちゃんの顔を見
上げながら、やっぱり、お行儀よく歩いている。こんなときは、パパの練習所を、のぞき
に行くときに決まっていた。普段のトットちゃんは、大急行で走っているとか、落とした
ものを探すためにキョロキョロしながら行ったり来たりとか、よその家の庭を、次々と、
突っ切って、垣根から、もぐって出たり入ったりしながら進んで行く、という風だった。
だから、今日みたいな恰好で歩いているのは珍しく、そういうときは、「練習所だナ」っ
て、すぐわかった。練習所は、トットちゃんの家から、五分くらいの所にあった。トット
ちゃんのパパは、オーケストラの、コンサート・マスターだった。コンサート・マスター
っていうのは、ヴァイオリンを弾くんだけど、トットちゃんが面白いと思ったのは、いつ
か、演奏会に連れってもらった時、みんなが拍手したら、汗ビッショリの指揮者のおじさ
んが、クルリと客席のほうに振り向くと、指揮台を降りて、すぐ隣に座って弾いていたト
ットちゃんのパパと握手したことだった。そして、パパが立つと、オーケストラのみんな

が、一斉に立ち上がった。「どうして、握手するの?」
小さい声でトットちゃんが聞く
と、ママは、「あれは、パパ達が一生懸命、演奏したから、指揮者が、パパに代表して、
『ありがとう』という意味で握手をしたのよ」と教えてくれた。トットちゃんが練習所が
好きなわけは、学校は子供ばっかりなのに、ここは大人ばっかり集まっていて、しかも、
いろんな楽器で音楽をやるし、指揮者のローゼンシュトックさんの日本語が面白いからだ
った。ローゼンシュトックは、ヨーゼンシュトックといって、ヨーロッパでは、とても有
名な指揮者だったんだけど,ヒットラーという人が、こわいことをしようとするので、音
楽を続けるために、逃げて、こんな遠い日本まで来たのだ、とパパが説明してくれた。パ
パは、ローゼンシュトックさんを尊敬しているといった。トットちゃんには、まだ世界情
勢がわからなかったけど、この頃、すでに、ヒットラーは、ユダヤ人の弾圧を始めていた
のだった。もし、こういうことだなかったら、ローゼンシュトックは、日本に来るはずも
ない人だったし、また、山田耕作が作った、このオーケストラも、こんなに急速に、世界
的指揮者によって、成長することもなかったのかも知れない。とにかく、ローゼンシュト
ックは、ヨーロッパの一流オーケストラと同じ水準の演奏を要求した。だから、ローゼン
シュトックは、いつも練習の終わりには、涙を流して泣くのだった。「私が、これだけ一
生懸命やってるのに、君達、オーケストラは、それに、こたえてくれない」すると、ロー
ゼンシュトックが、練習で休んだりしたときに、代理で指揮をする、チェロのトップの斉
藤秀雄さんが、一番、ドイツ語が上手だったので、「みんなは、一生懸命やっているのだ
けど、技術が、おいつかないのです。絶対に、さざとではないのです」と代表して、気持
ちを伝え、慰めるのだった。こういうときさつは、トットちゃんは知らなかったけど、時々、
ローゼンシュトックさんが、顔を真っ赤にして、頭から湯気が出るみたいになって、外国
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語で、どなっているのをみることがあった。そういう時、トットちゃんは、ほおづえをつ

いて、いつも、のぞいている自分用の窓から頭を引っ込め、ロッキーと一緒に地面にしゃ
がんで息を潜め、また音楽の始まるのを待つのだった。でも、普段のローゼンシュトック
さんは、やさしく、日本語は、面白かった。みんなの演奏がうまくいくと、「クロヤナキ
サン!トテモ、イイデス」とか「スバラシイデス!」とかいった。トットちゃんは、一度も
練習所の中に入ったことはなかった。いつも、そーっと、窓からのぞきながら、音楽を聴
くのが好きだった。だから休憩になって、みんなが煙草を吸いに、外に出たとき、
「あっ!
トット助、来てたのか?」って、パパが気がつくことって、よくあた。ローゼンシュトッ
クさんは、トットちゃんを見つけると、
「オハヨーゴザイマス」とか、
「コニチワ」といっ
て、もう大きくなったのに、少し前の小さかったときみたいに抱き上げて、ほっぺたをく
っつけたりした。ちょっと恥ずかしかったけど、トットちゃんは、細い銀のふちの眼鏡を
かけて、鼻が高く、背の低いローゼンシュトックさんが好きだった。芸術家とすぐわから、
立派な美しい顔だった。洗足池のほうから吹いてくる風は、練習所の音楽をのせて、とて
も遠いところまで運んでいった。時々、その中に金魚~~~ええ~~~金魚!という金魚
屋さんの声が、まざることもあった。とにかく、トットちゃんは、少し西洋館風で、かた
むいている、この練習所が気に入っていた。
夏休みも終わりに近くなって、いよいよ、トモエの生徒にとっては、メイン・イベントと
でもいうべき、温泉旅行への出発の日が来た。たいがいのことに驚かないママも、夏休み
前の、ある日、トットちゃんが学校から帰ってきて、「みんなと、温泉旅行に行ってもい
い?」と聞いたときは、びっくりした。お爺さんとか、お婆さんが揃って温泉に出かける、
というのなら、わかるけど、小学校の一年生が……。でも、よくよく校長先生からの手紙
を読んでみると、なるほど面白そうだ、と、ママは感心した。静岡の伊豆半島に土肥とい
うところがあり、そこは、海の中に温泉が湧いていて、子供達が、泳いだり、温泉に入っ
たり出来る、という、「臨海学校」のお知らせだった。二泊三日。トモエの生徒のお父さ
んの別荘が、そこにあり、一年から六年までの全校生徒、約五十人が泊まれる、というこ
とだった。ママは、勿論、賛成した。そんなわけで、今日、トモエの生徒は、温泉旅行に
出かける支度をして、学校に集まったのだった。校庭にみんなが来ると、校長先生は、い
った。「いいかい?汽車にも船にも乗るよ。迷子にだけは、なるなよな。じゃ、出発だ!」

校長先生の注意は、これだけだった。でも、自由が丘の駅から東横線に乗り込んだみんな
は、びっくりするほど、静かで、走り回る子もいなかったし、話すときは、隣にいる子だ
けど、おとなしく話した。トモエの生徒は一回も、「一列にお行儀よく並んで歩くこと!」
とか、「電車の中は静かに!」とか、「食べ物の、かすを捨ててはいけません」とか、学校
で教わったことはなかった。ただ、自分より小さい人や弱い人を押しのけることや、乱暴
をするのは、恥ずかしいことだ、ということや、散らかっているところを見たら、自分で
勝手に掃除をする、とか、人の迷惑になることは、なるべくしないように、というような
ことが、毎日の生活の中で、いつの間にか、体の中に入っていた。それにしても、たった
数ヶ月前、授業中に窓からチンドン屋さんと話して、みんなに迷惑をかけていたトットち
ゃんが、トモエに来たその日から、ちゃんと、自分の机に座って勉強するようになったこ
とも、考えてみれば不思議なことだった。ともかく、今、トットちゃんは、前の学校の先
生が見たら、「人違いですわ」というくらい、ちゃんと、みんなと一緒に腰掛けて、旅行
をしていた。沼津からは、みんなの夢の、船だった。そんなに大きい船じゃなかったけど、
みんな興奮して、あっちをのぞいたり、さわったり、ぶら下がってみたりした。そして、
いよいよ船が港を出るときは、町の人たちにも、手を振ったりした。ところが、途中から
雨になり、みんな甲板から船室に入らなければならなくなり、おまけに、ひどく揺れてき
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